9-29 天使の悪戯





この香りも
このぬくもりも
知ってる。

世界で一番好きな音が
聴こえる。
アスランの、鼓動。

きっとこれは、夢なんだ。

アスランが抱きしめてくれるなんて。
夢でなければ、ありえない。

だから、
アスランが消えてしまわないように、
そっと名前を呼んで、
想いを込めて身を寄せた。

この夢が終わってしまわないように。

 

 

この香りも
このぬくもりも
知っている。

瞳を閉じても
何も聴こえなくても
カガリがここにいるのだと、感じる。

きっとこれは夢だ。

カガリを抱きしめることが出来るなんて、
都合の良い夢でなければ在りえない。

“アスラン”

名前を呼ばれるだけで心が震える。
愛おしさに君の名を呼んで
夢の中に君を閉じ込めるように
抱き寄せた。

この夢が終わってしまわないように。

 

 

 

「ふふ〜ん♪」

ウィルは洗面所でごしごしと手を洗いながら、ほくほくと満足げな笑みをうかべた。

「知らないトコでも、おねしょしなかったもんね〜。」

目が覚めて顔を上げると、両隣にアスランとカガリがいて安心して、
カーテンを開けると夜明けの優しい光が差し込んできて、
ワンテンポ遅れて朝の冷え込みに体を震わせた時、
思いだしたようにトイレへ駆け込み、今に至る。

ふかふかのタオルで手を拭いて
トコトコと寝室へ戻ったウィルは
「よいしょ。」
とベッドに上がり、
「うわ〜。」
目の前の光景にうっとりとため息を漏らした。

暁の光が優しく降り注ぐ中で、
アスランとカガリは抱きしめ合っていた。
宵闇の藍と暁の金色が溶け合うように寄り添う2人はあまりに幻想的で、

「きれいだな・・・。」

ウィルは心のままの言葉を漏らした。
ふいにカガリがアスランの名前を呼んで、
アスランが応えるようにカガリを呼んで。
ウィルはくすぐったそうに笑った。

「パパとママは
おんなじ夢を見てるのかな。」

そんな風に思えて。

「しあわせそうだな、
パパも、ママも。」

だけど。
2人は確かに幸せそうなのに、
どうしてだろう、胸がきゅっと痛くなる。

この幸せが朝露と共に消えるであることを、
ウィルは幼心に分かっていたのかもしれない。
音を立てずにベッドを下りると、
目的のモノを探しだした。

この奇跡を閉じ込めるために。

 

 

急に鳴りだした携帯用端末を
ムゥは覚めきれぬ目をこすりながら取り出した。

「誰だよ、朝っぱらから〜っ。」

乱雑に頭を掻きながら時刻を確認すると
起床時間までには余裕がある。
全く空気を読まずに送られてきたメールにムゥは恨めしい視線を向けたが
送信元を見ればアスランと表示されている。
もしや有事ではないか、そんな緊張が走ってメールを開けると
ただ写真の画像だけが貼り付けてあった。
その画像に、

「なんだこりゃ〜!!!」

ムゥはすっとんきょうな声を上げ、

「どうしたの・・・。」

やはり目覚めてしまったマリューはムゥの端末を覗きこみ

「まぁっ!」

マリューは口元を押さえて頬を染めた。
何故ならそこに、
恋人のように抱きしめ合ったアスランとカガリが映っていたから。

 

 

「ふふ〜ん♪」

アスランの携帯用端末を持って、ウィルはほくほくと満足げな笑みを浮かべた。
幸せの瞬間を発見したウィルは、どうしてもこの幸せを捕まえておきたくて
アスランとカガリの携帯用端末を探し
先に見つかったアスランのそれを使って写真を撮ったのだ。

目の前ではアスランとカガリが幸せそうに眠っている。
ウィルはこの幸せを誰かに伝えたくてムゥにメールを送ったのだ。

「ムゥたち、なんて言うかなぁ〜。」

くすぐったそうに笑ったウィルの手元で、アスランの携帯用端末が着信を告げた。

“おい、アスランっ。
おめぇ、やるじゃねぇか〜。“

端末の向こう側から、からかい交じりのムゥの声が聴こえてきてきた。

「すごいでしょ〜。」

そうウィルが応えると、全てを理解したムゥは快活な笑い声を上げた。

“ウィルだったのか、この写真撮ったのは。”

「うん、そうだよ。」

“でかしたぞ〜!”

ムゥに褒められ、ウィルは照れ笑いを浮かべる。

“じゃぁさ、ウィル。
俺と一緒に悪戯しようぜ。“

ムゥの声の向こう側から、マリューの窘めるような声が聴こえてきたが、
ウィルはムゥの言った“悪戯”に心をきゅーんと惹かれていった。
けれど。

「いいけど・・・、
でも、2人を哀しくさせない?」

ウィルの優しさにあふれた言葉に、
悪戯の天才は悪魔の囁きを落とした。

“大丈夫。
俺とウィルで、2人を幸せにしてやろうぜ・・・。“

 

 

「う〜んっ。」

“そうだ、ウィル!
もう少しだ、がんばれ!“

ムゥの励ましによって、ウィルは未だ眠り続けるアスランの頭を押していた。
というのも、アスランの頭を押すと2人は幸せになるとムゥから言われ、
純粋なウィルは言葉のままに従った。

“ウィル、もっと力入れろっ。
足で押しても大丈夫だって。“

「そんなことしたら、起しちゃうよ〜。」

“大丈夫、アスラン低血圧だからっ。”

「ていけつあつって?」

“なかなか起きないってコトだよ。
ほら、押してみろっ。“

いまいち納得できないウィルが小さな手で渾身の力を込めた時
アスランの頭がぐらりと動いた。
アスランとカガリの顔がだんだんと近づいていく。
やったぁ、そうウィルが口にしようとした時、

ゴっ。

鈍い音が室内に響いた。

 

 

「「った〜・・・・・・。」」

ふいに額に激痛を感じて
アスランとカガリは同時に顔をしかめた。
そっと開いた瞳の先の光景はまるで夢の続きのようで
言葉を失った。

抱きしめ合ったまま、
未来を重ねるように見詰め合う。

あぁそうか、これは夢なんだ、
2人同時にそう結論づけると
互いの姿を瞳に映し合いながら微笑んだ。

これが夢なら、言ってもいいだろう?
一緒に朝を迎えられた喜びの言葉を。

「「おはよう。」」

同じ言葉を同じタイミングで言う、
そんなありふれた奇跡はくすぐったくて
くすくすと笑いあう、
その声に、

“ぶ・・・はははははっ!”

何故だろう、ムゥの声が交じり

“も〜、アスラン君もカガリさんも。
ごちそうさまっ。”

どうしてだろう、マリューの声が交じり、
アスランとカガリはきょとんと見詰め合ったまま瞬きを繰り返す。
そして、抱きしめ合ったままの体に何かがどすんと乗っかった。

「パパ、ママ、おはようっ!!」

自分たちの上で、太陽さながらの笑顔を向けるウィルに
アスランとカガリは決定的な真実を悟る。

――これは、夢じゃない・・・。

――現実だ・・・っ。

ボンっと音が聴こえる程、一気に耳まで真っ赤になった2人が

「「ぅわぁあっ!!!」」

大声を上げて飛び起きたと同時に
ムゥとマリューの爆笑が響いた。



←Back  Next→  

Top    Blog(物語の舞台裏)