9-28 天使の予言




愛おしい未来を見るたびに、
無条件に描いてしまう夢を諦めることなんて
本当に出来るのかな。

だって私は今、
アスランと繋いだ手を
離すことさえ出来ないのに。

ふいに、中庭でカミュに問われた言葉が胸に響く。

『アスランのことは、好き?』

あの問いに、心はあまりに素直に応えてしまう。

――アスランのことが好き・・・。

――いっしょに、いたい・・・。

でも、繋いだこの手はまだ、
愛おしい未来に触れることは出来ない。

未来はここにあるのに。

どうしたらこの哀しみを
越えることができるのだろう。

私は。

コーディネーターは。

人は。

 






アスランと手を繋いだまま動けずにいるカガリの瞳に
静かに涙が溜まっていく。
月の光を揺らめかせる琥珀色の瞳は哀しい程美しく、
アスランの胸を締め付ける。

オーブの代表首長として理念を胸に力を注ぎ続けながら、
一人の人間として世界の平和のために駆け抜ける君の未来が、
Freedom trailの宿命を負いながら、
誰よりも篤く優しい君の未来が
閉ざされる世界なんて、おかしいだろう。

未来は愛おしいと、そう言った君だって
遍く人と等しく、未来を望んでいるんだろう。

 

アスランはカガリに静かに問いかけた。

「諦めているのか。」

「えっ。」

心の声が聴こえていたかのようなアスランの問いに
カガリは息を飲む。
真直ぐに見詰めるアスランの瞳は
静謐な厳しさを湛えていた。

「君は、諦めているのか。」

もう一度繰り返された問いは、
迷わずカガリの胸に突き付けられた。
そういえば、アスランはこんな戦い方するんだ、
自らの正義を胸に燈して――
カガリはそんなことを何処か遠くで思っていた。

冷涼な色彩のアスランの瞳が熱く揺らめいて、
アスランの正義がカガリに問う。

「何故、諦める。」

アスランの眼差しに捕えられたまま逃れることが出来ない、
いや、逃げたくないのだとカガリは思う。
この問いから、
アスランが示す正義から。

アスランは手を繋ぎなおすように力を込めると
あまりに優しい微笑みを浮かべた。
その表情に、息が止まる程カガリの胸を鼓動が強く打って
滲むような痛みと共に記憶が今に重なっていく。

良い闇の藍と夜明けの光が溶け合う
暁の世界で見た、アスランに――

「望んでいい。」

お父様の墓石の前で、
憎しみと哀しみの二重螺旋の宿命を負った私に
告げてくれた、アスランの真実。

「君に、望んでほしい。」

あの時もこんな風に、真っすぐな眼差しをくれて、
そばにいてくれた。

「今も、これからも、
ずっと。」

私を、護ってくれた。

「望めば叶う、
そんな世界を、俺が創るから。」


まるで深海のような静けさの中で
心が震える音がした。
瞳に熱が立ち昇り、世界がやさしく揺らめいた時、
アスランが好きなんだと、心から思った。

あなたと共にある、未来が欲しい。

今は手を伸ばすことが出来なくても、
いつかきっと、夢を叶えたその先で、
こんな風に、手を繋いでいたい。

それは独りよがりな願いかもしれないけど。


哀しみを越えることはできるんだ。
そこに、望み続ける愛おしい未来があるなら。
だから諦めてはいけないんだ。
望みから未来は生まれてゆくから。





未来へ萌芽するような気付きは、言葉にしないと伝わらない。
だけど、唇が震えて言葉がうまく出てこなくてもどかしい。

「私、・・・諦めて、ない・・・ぞ。」

ちゃんと言わなくちゃ伝わらないのに、
アスランはちゃんと言葉にして伝えてくれたのに、
心に燈された希望の火のあたたかさに胸がいっぱいになって、

「諦めてない、からな。」

潤んだ声で、そんなことを繰り返しても
何の説得力も無いのに、
そうするとこしかできなくて。

ちゃんと伝わったのかな、
確かめたいのに視界は悪戯に揺らめいて。

ぎゅっと、繋いだ手を握り返したその時、

「だいじょうぶだよ。」

突然、ベッドの方から声がして
アスランとカガリは同時に肩を揺らして振り返った。
するとそこには、幸福そうな微笑みを浮かべながら
小さな手で目元をこするウィルがいた。

「パパとママの夢はちゃんと叶うんだ。」

寝言だろうか、そう思ったアスランとカガリは
どちらともなくウィルの名を呼んだ。
するとウィルはまるで未来を映した瞳を
愛おしそうに細めて呟いた。

「パパとママはね、
本当のパパとママになれるから、
だいじょうぶだよ。」

月明かりが射した先には真実があるように
ウィルの言葉は幻想的に響いて、アスランとカガリの胸の内で繰り返された。

“パパとママの夢はちゃんと叶うんだ。”
それは2人が同じ夢を抱いているように。

“本当のパパとママになれるから”
それはいつか2人が結ばれるように。

そんな風に聴こえてくるから
どうしようもなく鼓動が高鳴っていく。

 

 


言葉を残して、ウィルはコトリと眠ってしまい
すぅすぅと規則正しくも心地よい寝息が聞こえてきて、
沈黙に取り残されたアスランとカガリはどちらともなく視線を流し、
やがて重なった。
繋いだままの手がとたんに熱く感じて指先がこそばゆい。
だけど離せない、
この手も、
この瞳も。


夢が叶ったその先で
いつか君と
あなたと――


「そんな未来が待っているのかな・・・。」

知らず呟いたカガリの言葉に、

「え・・・?」

応えたアスランの声はひどく掠れていて、
音がしそうな程一気に赤面したカガリは

「なっ、何でもないっ。
寝るぞっ、おやすみっ。」

一気にそう言うと、キルトと毛布を翻し、
一方のアスランは、カガリの言葉に隠れた想いへ意識を馳せながらゆったりと横になり、
そして2人同時に気がついた。
何でもないようなことをきっかけに、繋いでいた手を離してしまったことに。

――あ・・・。

まだ手に残るぬくもりの分だけ、さみしさが胸に落ちる。

「おやすみ。」

「おやすみ。」

一緒に朝を迎える約束の言葉を、
手を伸ばせばすぐに届く距離で聴くことができたのに。
この手を繋ぐことは出来ない。

切なさに2人は瞳を閉じて
さみしさを抱きしめるように掌を胸に当てた。





※「9-28 天使の予言」には以下のエピソードを挿入いたしました。
 
 「8-12 君に伝えたいこと」

 アスランがカガリに真実と想いを伝えるエピソードです。
 お時間がございましたら、併せてお読みいただければ幸いです。 xiaoxue



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