9-26 愛おしい未来




安らかな寝息に耳を傾けて、
カガリはふわりと微笑みを浮かべた。

「ウィル、寝ちゃったな。」

少し頭を傾けて眠るウィルの表情は、
“どんな夢をみているのだろう”と、自然とそんな気持ちにさせる。

「よかった。」

アスランは安堵のため息交じりに呟き、
カガリは気持ちを引き受けるように続いた。

「今日のことを考えれば、
この寝顔は奇跡みたいだな。」

ダンスホールでの爆破テロ、そしてコーディネーターの虐殺。
すぐそばでそれを感じて、両親を亡くして。
恐怖と哀しみと、きっと言葉にしきれないほどの感情を、
受け止めなければならない事実を、
ウィルはちいさな胸に詰め込んでいる。

「ウィルをどうする。」

アスランはそっとカガリに視線を流して問うた。
このまま、ままごとを続けることは出来ない。
それはアスランもカガリも、そしてウィル自身も分かっている。
アスランとカガリは父親と母親にはなれない、きっと見守ることしかできない、
ならばせめて幸せな道を選んでほしいと心から思う。

カガリはウィルの頭を優しく撫でながら応えた。

「多分・・・、一度マルキオ様のところへ戻ることになるだろうな。
それからだろう。」

「そうだな。」

するとウィルはくすぐったそうに微笑んで、
ごしごしと目元をこすっては寝がえりをうった。
そんな仕草にカガリとアスランの笑みは深まる。

「ほんとに、子どもってかわいいな。」

そう言って、カガリはふと気付いたことをそのまま言葉にしていた。


「ウィルの夢って、子どもだけの夢じゃないよな。」

カガリの言葉はまるでキラのように思考過程を全て端折って本質だけを突くから
アスランは優しく問い返した。

「どういうことだ。」

カガリはアスランの方へ視線を流し、瞳を合わせた。
月明かりに琥珀色の瞳が幻想的に揺らめく。

「家族と共にありたいって、きっと誰もが願ってる。
大人だってそうだ。」

“だろ?”と、カガリはちょこんと首を傾けた。
アスランは視線をウィルに戻して浅く頷いた。

「そうだな。」


父上は母上を亡くし、
シンは大切な両親と妹を亡くし、
その哀しみと憎しみを燃やして、戦っていた。
でも本当は、その心の底にある想いは
大切な人と共にありたいという、誰もが等しく抱く願いなのだとアスランは思う。
それは例えば、ムゥとマリューが寄り添い合いひとつの命を育む想いと
同じなのだ。


カガリはウィルの肩に優しく触れながら続けた。

「大切な人と一緒に居たいって、きっと誰もが願うだろう。
大切な人と家族になって、新しい命を授かって、育んで、
幸せを築いて。
そんな風にさ、きっと誰もが望むだろう。」

言葉を切ったカガリは徐に天井を見上げた。
まるでその先に広がる宇宙へ想いを馳せるように。

「でもさ、それを諦めさせるものって何だろうな。」

カガリの言葉は静かに響いて、アスランは瞳を見開いた。
君は何を想って、そう言ったのだろう。
まさか、君は諦めているのだろうか。
君が“アスハ代表”であるから。

「カガリ?」

問い返したアスランの声は低く掠れていた。
カガリはゆっくりと瞬きをして
真っすぐに宇宙を見上げながら言葉を紡いだ。

「大切な人と共に新しい命を授かって、
育んで、幸せを築いて、
そして子どもが大きくなって、
大切な人を見つけて、
新しい家族が増えて、
新しい幸せが生まれて・・・。
それは、すぐそばで起きる奇跡なんだ、
ナチュラルにとっては。」

“でも”と言って、カガリは切なく瞳を伏せた。

「コーディネーターにとっては、違うんだよな。

大切な人に出会えても、
その人とずっと一緒に居られても、
命を授かることは叶わない。」

例えば、キラとラクスのように。

「命を授かるためには、
出会った大切な人ではなく
遺伝子によって選ばれた人と結ばれなければならない、
それを運命として受け止めて。」

そう例えば、ミネルヴァのタリア艦長のように。

「どんなに未来を描いても、遺伝子によって書き換えられていく。
それはどれ程哀しいだろう。」


“こんなこと言うのはおかしいって分かってるけど”、
そう前置いてカガリはさらに続けた。

「どうしてデスティニープランがプラントで支持されたのか、
少しだけ分かる気がするんだ。
どんな理由があっても、
遺伝子で人の運命を決するなんて間違っている。
それでも、自由を引き換えにしても
プラントの人たちは欲しかったんじゃないかな。

未来を。

それは、freedom trailだって同じかもしれない。
どんな代償を払っても、
未来が欲しかったんじゃないのかな・・・。」

カガリはウィルに愛しみに満ちたの眼差しを向け、
それを追ったアスランの瞳に映ったもの、それは。

「だって、未来はこんなに愛おしい。」

安らかな寝息を立てながら、頬にえくぼができる程幸福そうなウィルに
無条件の愛情が湧いてくる。
未来は愛おしいのだと、心から想う。

「でも、どんなに手を伸ばしても未来に届かないとしたら、
それはどれ程哀しいだろう。」

カガリはコーディネーターの哀しみの淵源に触れるように
そっと瞳を閉じた。
そんなカガリにアスランは何も言えなかった。
どこまでも優しいカガリの気持ちに触れて、痛みばかりが滲んでく。
そんな風に、コーディネーターという人種に寄り添ってくれるナチュラルが
どれだけいるのだろう。


人類がその命を連綿と繋いできたように未来は続いて行くのだと、
自然の摂理にも似た真実を誰が疑うだろう。
遍く人々に等しく降り注ぐ陽の光のように輝く未来を、
人種というガラスの天井が遮るとしたら、
それを誰が許せるだろう。
光はこの手に届くのに、光に手を伸ばせば阻まれる、
そのガラスの天井はどんなに英知を注いでも突き破ることが出来ない。

心の奥底に等しく流れる哀しみがコーディネーターを突き動かしてきたんだ。
Freedom trailもデスティニープランも、
繰り返された争いも、戦争も。

しかし、アスランは想う。
戦争によって未来を阻まれた人々に
ナチュラルとコーディネーターの別は無かった。
今この時も世界には未来を望めない人々が沢山いて、
そして急速に傾きだした世界の中では、
未来が潰えてしまう悲劇は誰にでも振り下ろされる。
今日、ダンスホールで起きたように。

だからきっと。

「その哀しみを抱いているのは、コーディネーターだけじゃない。」

アスランの言葉に瞳を開いたカガリが視線を移せば
そこに静かに眼差しを向けるアスランがいた。
涼やかな色彩のアスランの瞳は語りかける。

――その証拠に、同じ哀しみを君は知っているだろう。
   だからこうして、気持ちに寄り添ってくれるのだろう。

言葉よりも多くを語るアスランの眼差しに、カガリは胸が熱くなる。
この人はなんて優しいのだろうと、
あきれるほど知っていることを思い知るんだ。

「だから、その哀しみに飲み込まれてしまってはいけないんだ。」

嘗て、戦友を亡くした哀しみに、親友を殺そうとした自分。
母上を亡くした哀しみに、破滅へ突き進んだ父上。
家族を亡くした哀しみに、祖国を打ち砕こうとしたシン。
それだけではないもっと沢山、哀しみに飲み込まれた人々の闇もその末路も見てきた。
アスランは瞳に映る過去を鎮めるように、静かに瞼を伏せた。
しかし、続いたカガリの言葉にアスランの瞼が跳ねる。

「だから、みんながいるんだ。
みんなといるだ。」



手を差し伸べるようなカガリの微笑みには、哀しみを乗り越えた強さが見えた。
哀しみは感情を全て薙倒す程強く心を奪う。
しかし哀しみは確かに乗り越えることが出来るんだ。
君がいてくれたから、大切な人たちがいてくれたから、
今の自分があるように。

アスランは想う、
コーディネーターはキラとラクスのように
過去の哀しみも未来の哀しみも越えることができるのかもしれない、と。
しかし。
寝がえりを打って安らかな表情を見せるウィルに視線を流し、アスランは問いかける。
愛おしい未来を見るたびに、
無条件に描いてしまう夢を諦めることは出来るのだろうか、と。 



←Back  Next→  

Top    Blog(物語の舞台裏)