9-25 今宵だけは幸せに





ベッドの真ん中で、カガリは膝の上のウィルを抱きしめていた。
アスランが戸締りを終えたら、一緒に寝るんだ。
寝るだけなんだと、いくら自分に言い聞かせても
高鳴る鼓動はどうしようもなくて、熱を帯びた頬が冷めていくことは無くて。
カガリは子猫のように小さく唸りながらウィルに顔を埋めた。

「ママ、どうしたの?」

そんなカガリの行動は子ども目線でも挙動不審だったのであろう
カガリはぱっと顔を上げた。
するとウィルの表情が少しだけ曇っていることに気付いた。

「ママは、パパと一緒に寝るの、いや?」

しょんぼり、という言葉が一番似つかわしいのだろう、
そんなウィルの表情に、カガリは慌てて返事をした。
だからであろう、その声は思いの他大きかった。

「そんなことないぞっ!嬉しいぞっ!!」

「よかった。」

返事が腕の中のウィルではなく、何故か背後から聴こえて
カガリは無防備に後ろを振り返った。
するとそこには、眉尻を下げて笑うアスランがいて、
カガリは恥ずかしさに耐えるように唸りながら、ウィルをぎゅっと抱きしめた。
アスランがベッドに腰掛けて、やわらかなスプリングが微かに軋んで、
しかしカガリにはその音さえも刺激が強すぎて、ブロンドの髪が跳ねた。

「カガリが嫌なら、止そうと思っていた。」

そんなアスランにカガリはかみつくように反応する。
勢いはあるのだが、残念ながらどもってしまって迫力が無い。

「いっ、いやじゃないぞっ!
アスランこそ、その・・・、いいのかよっ。」

ウィルの頭に頬を寄せるように俯いたカガリに、
アスランは無意識に手を伸ばしていた。
触れようとしたカガリの髪が華奢な肩に落ちた瞬間、
アスランは自分の取ろうとした行動に驚愕する。

――今、何をしようとしたんだ、俺はっ。

そのまま固まってしまったアスランに、ウィルが首をかしげる。

「パパ?」

「え・・・、あ、いや・・・。
俺も、嫌ではないから。」

むしろ嬉しいのだと、その感情はなんとか抑え込んで、
アスランはしどろもどろになりながら応えた。
するとカガリがぱっと笑顔を浮かべるから、
アスランは素直にかわいらしいと思ってしまう。

ウィルはカガリの膝から降りると、アスランへ手を伸ばした。

「パパもうれしくて、よかった。」

子どもの方が真実に近いのだろう、
あっさりと胸の内を言葉にされたアスランは赤面したが、
ウィルはそんなことお構い無しにアスランのシャツの裾を引っ張った。

「ね、パパも早くっ。」

ウィルに急かされるまま、アスランはぎこちなくベッドにあがった。

 


ウィルを真ん中にして、アスランとカガリは横になった。
どこかくすぐったいような気持は羞恥に遮られることは無く
素直に彼らに笑顔をもたらした。
真綿のように柔らかく、優しい気持ちに満たされていく。

真ん中のウィルは楽しそうに声を上げたが、ふと何か違和感を覚えたらしく、
むくりと起き上がってはしきりに枕のあたりを気にしていた。

「枕が合わないのか。」

アスランも上体を起こし、ウィルの枕をやさしく撫でた、
と、ウィルはアスランの掌を掴み、何かを考え込むように天井を見上げている。
その仕草に、アスランとカガリは顔を合わせ、そして笑い合った。
するとウィルは頬を膨らました。

「もうっ、パパもママも、目でお話しないで!
僕もまぜてよ〜。」

「ごめんごめん。」

そう言ってカガリはウィルの背中をぽんぽんとタップし、
アスランは眉尻を下げて笑い、ウィルに掴まれている掌を軽く揺すった。

「で、ウィルは何を考えていたんだ。
俺にも教えてくれないか。」

顔を上げたウィルの瞳はきらきらと輝いていた、
まるで閃きが可視化されたように。

「僕ね、分かったの。
パパ、こうしてっ。」

そう言ってウィルは小さな手でアスランの肩を押してアスランを寝かせると
今度は掴んでいたアスランの掌を自分の方へと引っ張った。
アスランは掌に感じるウィルの指にくすぐったさを覚え、笑みを零しながら問うた。

「俺の手をどうするんだ?」

「こうするのっ。
ママ、頭あげて、そうそう。」

カガリは言われるままに頭を持ち上げた。
するとウィルに引っ張られたアスランの掌がカガリの頭の下を通り抜け、

「はい、ママはそのまま寝ていいよ。」

カガリがウィルに言われるがままに頭を下ろせば、そに心地よいぬくもりを感じ、
アスランは腕に柔らかな髪の質感と、無条件の大切さを呼び起こす重みを感じ、
そして漸く2人はウィルの意図に気付き、

「「あ・・・。」」

同時に声を漏らしたのだ。
そんな2人を置き去りにして、ウィルは達成感に満ちた笑みを浮かべては
うんうんと頷いて、カガリとアスランの間に寝転んだ。
アスランの腕を枕にして。

「これこれ〜。」

そんなことを言ってははしゃぐウィルをよそに、
カガリは耳まで赤くしたまま視線をさまよわせていた。

――う・・・そ、だろう?
   うっ、腕枕だなんて・・・。

思わず顔を覆いたくなるのを必死で耐えてきゅっと瞳を閉じれば、
逆に感性が研ぎ澄まされていく。
ウィルに言われるがまま動いたために近づいた距離に、
アスランの香もぬくもりも体に刻みこまれたように知っていると、
体が素直に反応する。
胸の内の想いの熱さだけ体が持ちだした熱をやり過ごすように
カガリはそっと瞳を開いて視線を流す。
目に映るアスランの腕はたくましくて、なんだかちょっと悔しくて、
彼は男の人なのだという事実が、どうしても特別な意味を持ってしまう。

今までは、どんなに想いが募っても全てを胸の内にしまって
アスランの前では自然な距離を保つことができた。
なのに今は、丁度耳元に感じるアスランの掌にそっと触れてしまいたいなんて。

――どうしよう、私・・・。

 

一方のアスランは全身が硬直し、指一本動かせずにいた。

――嘘だろう・・・?

大切な君をこの腕に抱きしめられる、そんな立場に無い。
夢が叶ったその先で抱き続けた想いを君に伝えても、
嘗てのように君と一緒に眠れる日は来ないかもしれないと、覚悟を決めていた筈なのに。
この腕に感じるぬくもりが、まだ信じられない。
いや、本当はとっくに現実を受け止めていて心が無意識に自動制御したのかもしれない。
何故なら、想い続けた分だけ体が熱を持って
鼓動に煽られるように気持ちが膨らんでいく。
体はあまりに素直で、感じるカガリの香は陽だまりのように優しくはちみつのように甘く、
その香は体に刻みこまれたように知っている。
腕に感じる髪の毛の質感さえも逃さず、知っている。

――重症だ、俺・・・。
   今夜は眠れないな。

理性が飛べば間違いなくカガリを抱きしめるだろう。
それだけでは済まされない可能性だってある。
だから、アスランは誰にも気づかれないようにため息を零して
ウィルの方へ視線を流した。
この状況はウィルが作り出したものにも関わらず、
ウィルがここに居てくれて本当に良かったと、おかしなことを考えながら。



 

「ねぇ、ママ、これ何って言うんだっけ?」

ウィルが枕にしているアスランの腕をぺちぺちと叩きながら問うと、
カガリは照れたような笑みを浮かべて応えた。

「う、うでまくらって言うんだぞ。」

さらにウィルは問う。

「家族になると、みんなこうやって寝るんでしょ?」

「誰から聴いたんだ?」

驚きを飲み込んでカガリが問えば、
案の定の答えが返ってきた。

「キラとラクスー!!」

アスランとカガリは目を合わせると同時に“やっぱり”と笑いだし、

「もー!!パパもママも目でお話しないでっ!
僕もまぜてー!!」

ウィルはほっぺたをふくらましてじたばたし、
カガリはウィルの頬に人差し指をつんと当てて、肩をすくませた。

「ごめんって。
やっぱり、キラとラクスが教えたんだなぁ〜って思ってさ。」

「キラとラクスがね、言ってたの。
家族だからね、みんなで一緒に寝るんだって。
でね、キラとラクスはこうやって寝てたの。」

何やら誤解を招きそうな解釈だなと、アスランは何処かで思いつつ、
しかしこうして誰かと一緒に眠ることに、憧れを混ぜたような懐かしさを感じていた。

「だからね、こうやって寝てみたかったんだ・・・。」

ウィルの声はだんだん小さくなっていって、
カガリは優しくウィルの前髪を梳いてやった。
きっと、ライヒヴァイン夫妻のことを思い出しているのだろう、
ウィルは涙をこらえるように歯を食いしばっている。
そんなウィルにカガリは思う、泣いてもいいのだと。
幼いころ、お父様がそう言って私の肩に手を置いて気持ちを全部受け止めてくれたように、
ウィルを受け止めてあげたいと心から思う。
でもウィルは今、哀しみと一生懸命戦っているから、
その気持ちを大切にしよう、そう決めたカガリはふわりと微笑みを浮かべた。

「そうだな、私もこんな風に
お父様と寝たいって思ってたぞ。」

アスランも同じ気持ちであったのであろう、カガリの言葉を引き受けて続けた。

「俺も、家族で一緒に寝ることは殆ど無かったから。
幼いころは、少し憧れていた。」

カガリが共感するように頷くと、
ウィルが丸い目でアスランとカガリを見つめて問うた。

「パパもママも家族と暮らしてたのに、
どうして一緒に寝ないの?」

ウィルに改めて問われて、アスランとカガリは目を合わせる。
2人は互いにどうしてなんて考えたことも無かったのだ、
それが当たり前だと思っていたから。

「も〜、また目でお話してる〜っ!」

すると案の定、ウィルはそう言って頬を膨らませた。
ウィルのまるく膨らんだ頬を、今度はアスランが撫でて応えた。

「俺は、いつも父上の帰りが晩かったからな。」

――本当は、一緒に眠りたくて
   自分の部屋でずっと起きていたこともあった。

「私も。
お父様を待ってたら明日になっちゃうから、
先に寝てなさいって言われてたな。」

――マーナに怒られるから寝たふりして、
   すっとお父様を待ってた夜もあったっけ。

するとウィルはアスランとカガリを交互に見て告げた。

「でも、ひとりぼっちはさみしいよ。」

無垢な言葉は真っすぐに胸に響く。
目の前のウィルに、幼い日の自分が重なる。
いや、幼い頃だけでは無い、
さみしくて眠れない夜は大人になった今も――。
言葉を無くしたパパとママにウィルは幸福な微笑みを浮かべて告げた。

「でもね、今日はさみしくないよ。
みんな一緒だもん。」

こんな何気ない会話にさえ、はちみつ色の幸せが溶け込んでいる。
ままごとではない、本当の家族のように。

きっと、
ずっと。
幼い頃から抱いてきた夢がここにある。
それは朝になったら消えてしまうけど、
今宵だけは、どうか幸せに。

夢が朝露と共に陽の光に溶けてしまっても
この幸せは永久であるように。 


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