9-20 最後の生存者
9-20 最後の生存者
鳴りやまぬ拍手と、
咲き誇る花のような微笑みと。この場所は、祝福で満たされる筈だった。
しかし今は、
一切の喜びを拒絶するような静寂が広がっていた。
むせ返るような血の匂いが肌に張り付いて行く。
中央へ向かって歩をすすめれば、命の雫でできた水たまりが跳ねた。ダンスホールの中央に横たわる人々は海に沈むように仰向けになり、
一様に心臓を撃ち抜かれていた。「これより、救出活動を開始する。」
ダンスホールに響く指揮官の声に抑揚は無く
絶望に沈む感情を切り捨てたかのようだった。部隊は救護班と追跡班の2手に分かれた。
追跡班はダンスホールから姿を消した犯行グループを追跡すると共に会場の安全を確保し、
救護班はホール中央部に横たわる人々の救護及び、ホール内の生存者の保護を目的とした。
指揮官から救護班に回るよう指示されたムゥとアスランは、
生存者捜索ためにホール内を巡回し始めた。「ひでぇな・・・。」
ホール内部の装飾品は爆発によって吹き飛ばされ、豪奢なシャンデリアが床に散らばっていた。
アスランはムゥと共に物陰までくまなく捜索しながら、小声でムゥに問うた。「見たところ、中央部の犠牲者はほとんどコーディネーターです。
不自然だと思いませんか。」ムゥは壁に残る銃痕に這わせた指を止めた。
「全てソフィアからの列席者・・・ということか。」
予想されるテロの目的から考えて、ムゥの問いは妥当だった。
アスランは他の救護班に悟られないよう、捜索を続けながら言葉を次いだ。「犠牲者の顔を全て確認した訳では無いので、断定は出来ませんが・・・。
ソフィア、プラント両国の列席者の割合が大きいとは思いますが、
地球でコーディネーターを受け入れている国々からの列席者も含まれています。」ムゥは眉を顰める。
「このテロの目的がハルキアス大統領暗殺とソフィア政権崩壊なら、
テロリストが標的とするのはソフィア国民になるはずだ。
いや、建国を支持した者全てが敵になる・・・か。」アスランは爆風で切り裂かれたカーテンを除けながら、浅く頷いた。
「ですが、その場合はコーディネーターだけではなく、
建国を支持したナチュラルも標的とされるはずです。
それなのに、ナチュラルの被害者が少なすぎる気がします。」「待てよ、じゃぁ主犯は何処に属する奴なんだよ。
ソフィアを良く思わない奴は、プラントにも地球にも、
ソフィア内部にさえ居るかもしれねぇだろ。
まさか・・・。」そうムゥが言いかけた時、
ダンスホール前方の控え室に続く廊下の方が騒がしくなった。
飛び出してきた救護班の1人が叫んだ。「生存者有り。
控えの間各部屋に地球各国の列席者は監禁されていた模様。
重軽傷者なし。
直ちにセントラルロビーへ護送します。」生存者の存在に安堵の歓声が上がる中で、
アスランとムゥだけが硬質な表情を浮かべていた。
何故なら、生存者が全てナチュラルであるとすれば
このテロの主犯が1つに定まる。途切れた会話。
続くはずだった言葉をムゥは吐き捨てた。「ブルーコスモスなのか・・・クソっ。」
傾きかけた世界のバランスが、目に見える速度で崩れていく。
信頼と復興の2年――
その間に結ばれ築かれた信頼が、音を立てて切れていく。始まりは、キラが地球連合制空圏に侵入し、
所属不明のMSが地球連合軍の軍艦を撃沈させた。
さらに、バルティカにプラントの戦闘機が墜落し、バルティカ紛争が勃発。
こうしてプラントは地球連合からの信頼を失っていった。
それは同時に、コーディネーターがナチュラルの信頼を失うことに直結する。そして今回のテロは、現状から判断してコーディネーターの虐殺である。
もしそれが裏付けられた事実となれば、
ナチュラルとコーディネーターの軋轢は修復不可能な程決定的となる。アスランは唇を噛んで緩く首を振った。
「バルティカが気がかりです。
キラも俺も居ない今、あの地でテロが起きれば・・・。」「戦争が始まる。」
ムゥは銃痕が生々しく残る壁に向かって拳を突きたてた。
その拍子に、隣の飾り棚が軋んで一番下の大きな扉の閉じ具が落ちて
音を立てながら開いた。
中に居たのは、ダンスホールの最後の生存者だった。「ウィルっ!!」
アスランは中で膝を抱えて座っていたウィルを抱きかかえ、意識と呼吸を確認した。
呼吸も意識も生存レベルで異常は無く目立った外傷も無いが、
その瞳は何も映さぬようにうつろだった。
アスランはもう一度名前を呼んだが、まるで言葉が聴こえないように反応が見られない。
とにかく、一刻も早く安全な場所へ保護することが必要であった。
外から見えぬ傷を負っている可能性がある、肉体的に、そして精神的に。
大人が抱く恐怖や不安は、子どもの瞳に色彩を持って映るのだろう。
セントラルロビーでは、そこかしこから子どもの悲痛な泣き声が聴こえてきた。
泣くことが出来ることは身体は元気であることを示している。
故に傷ついているのは、心だ。マリューは隣で応急処置に当たっていたカガリに目配せをすると、
カガリは頷いて子どもたちのもとへ駆けていった。
マリューは再び負傷者の傷口に目を向け、
応急テープで塞ぐと集められたハンカチで固定するように結わえた。
負傷者に渡した簡易カルテに症状と処置を書き込むと、
次の負傷者の元へと移動する。
セントラルロビーではその繰り返しであった。マリューは額に浮かんだ汗を手の甲で拭い
と、子どもの泣き声が減ってきたのを感じた。
先程大泣きしていた子どもの方へと視線を向ければ
そこに子どもを抱きしめるカガリの姿があった。
マリューの表情に自然と微笑みが浮かんだ。「ほんと、凄いチカラよね。」
抱きしめて、分け合うように心に寄り添って。
カガリはオーブの慰霊碑で
沢山の人々に生きる希望の火を燈してきた。
その行為がいつしか“燈し”と呼ばれる程に。「今、一番必要なチカラかもしれないわ。」
傷ついた子どもたちに。
「いいえ、もっと。
世界に。」マリューはセントラルロビーを見渡した。
各国の要人たちが集ったレセプションは、まるで世界の縮図のようだと感じた。
しかし今は、迎えようとしている世界の未来を表しているかのようで、
マリューは時の流れを断ち切るように毅然と歩を進めた。
カガリは抱きしめた小さな女のこの背中をポンポンと叩いた。
「よしよし。
大丈夫、大丈夫。」女の子はしゃくりあげながら真っ赤になった瞳でカガリを見上げた。
「でもね、こわいの。」
カガリは瞳をあわせると、気持ちを引き受けるようにゆっくりと頷いた。
「こわいよな。みんな、そうなんだ。」
「おとなも?」
「そうだよ。
大人も、みんな泣いてるんだ。」すると小さな女の子はぐいっと涙を拭い、
とたんにお姉さんのように頼もしい表情を見せた。「何か、できること、ない?
私も頑張るの。」カガリは驚きに見開いた瞳を細めると、女の子の小さな手を取った。
「小さくても、出来ることは沢山あるんだ。
貴方が笑えば、きっと誰かを笑顔に出来る。
貴方が抱きしめれば、きっと涙を止められる。」女の子はこくんと頷くと立ち上がりカガリの手を引いた。
「私もカガリ様のお手伝いする。」
「ありがとう。」
こうしてカガリのまわりには子どもが1人、また1人と増えていった。
希望の火は小さくとも決して潰えないことを、示すように。
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