9-19 言葉は永久に奪われて




混乱で満たされたロビーに、ムゥが待ち望んでいた2人が飛び込んできた。
暁の姫を抱きかかえた騎士が。

 


ムゥは安堵の笑みを浮かべてアスランとカガリに駆け寄った。

「無事で良かったぜ。」

アスランは丁重にカガリをおろすと、ネクタイを緩めながらムゥに問うた。
アスランは応戦しながら疾走してきたにも関わらず、既に常と変らぬ平静を取り戻していた。

「避難は完了したんですか。」

どうなんだと、カガリもムゥに詰め寄る。
しかしムゥは険しい声で事実を告げた。

「逃げ遅れた者がまだ大勢いる。
ダンスホールに居たと思われる者が大半だ。」

あの爆発の規模からして、爆発それ自体で命を失った者の数を上回る人数が
いまだセントラルホールに辿りついていないことになる。
しかし、アスランとカガリにはその事実が引っかかる。
先に口を開いたのはカガリの方だった。

「だけど、ダンスホールに通じる廊下を通ってきたけど、
誰もいなかったし、物音もしなかった。
一体彼らは何処へ避難したんだ?」

カガリが“避難”という言葉を無意識に選んだのは、それが心からの願いだったからであろう。
きっと別の安全な場所へ避難したのだろう、と。
しかし、別のシナリオを描くこともできる、例えば。

「犯行グループに捕えられた可能性は。」

冷涼な声で告げられたアスランの仮説に、ムゥは視線を外して応えた。

「現実的にその可能性は大いにあるとソフィアも踏んでる。
今からダンスホールの救助に向かうことになってるが、
アスラン、お前も来るか。」

アスランはカガリに視線を向けた。
いくらセントラルロビーが緊急避難場所としてソフィアから指定されたとしても
犯行グループが紛れ込んでいる可能性は捨てきれない。
カガリを護るためには傍を離れない方が確実だ。
だが、ダンスホールの救助活動には一人でも多くの人員が必要であることは明らかである。
そんなアスランの思考はカガリには筒抜けだったのだろう、
カガリは言い放った。

「行って来い、アスラン。
私はここでマリューさんの補佐をするよ、野戦病院の経験もあるしな。」

そう言って向日葵のような笑顔を見せたカガリに、アスランは思う。

颯爽と吹き抜ける風のように
背中を押してくれるのは、いつも君なんだ。

「行ってくる。」

カガリは力強く頷くと、ムゥとアスランを交互に見ながら告げた。

「2人とも気をつけてな。
特にアスラン、無茶するなよっ。」

アスランは頷くように微笑んで、
誓いを立てるようにそっと自らの胸元に触れた、
シャツの上からでも微かに感じる石の存在に。
それは何時からかついたアスランの癖だった。

そのアスランの仕草にきょとんとした表情を見せたカガリに、
アスランは一瞬苦笑を浮かべた後に、“一つだけ頼みたいことがある”と前置いて続けた。

「この会場に、以前マルキオ様の孤児院にいたウィルが来ている。
もし見かけたら、ライヒヴァインという方の元へ。
その方が、ウィルの新しい両親だ。」

カガリは、任せろと、そんな声が聴こえてきそうな程強く頷き、
背を向けてダンスホールへと向かったアスランとムゥを見送った。
そして滑らかな音を立ててロンググローブを外し、マリューの元へと向かった。

今、自分が出来ることに全力を注ごう。

 

 

ダンスホールへと続く廊下を駆けながら、アスランはムゥに簡潔な報告を行った。

「セントラルロビーへ到着するまでの間、犯行グループと思しき者に5回遭遇しました。」

その数の多さにムゥは眉を顰める。
単に、運悪く犯行グループの作戦経路を取ってしまっただけなのか。
しかし、続いたアスランの言葉によってムゥの思考は一度切断される。

「一度目はハルキアス大統領が襲撃された時。」

「おいっ、襲撃されたのかよっ。」

アスランは平静の表情のまま浅く頷いた。

「はい。
その時、カガリもその場に居て・・・。」

ムゥはため息を小さく吐き捨てた。

「一見すると、このテロの狙いはハルキアス大統領暗殺と、政権の転覆ってことになるけど、
何か、引っかかるよな。」

突き当たりの角を曲がった先にソフィア軍と警備の者たちの集団が見えた。
正面の扉を開け、天井の高い廊下を直進すればダンスホールの入口は目の前だ。
逆に言えば、この扉を開けば犯行グループがダンスホールに身を顰めていた場合
こちらの動きが丸見えになってしまう。
即ち、扉を開くことは突入を示す。

アスランとムゥは合流するとすぐに、ソフィア軍から白い銃を配布された。
「貴方がたの勇気に感謝いたします。
しかし、貴方がたに全てを負わせる訳にはいきません。」
国際基準の白いフォルムは麻酔銃であることを示している。
即効性のある麻酔銃は命を奪わずに身を護るためのものである。
通常であれば護身用の銃であるが、この場合は国際的責任から身を護る意味も込められていた。
アスランとムゥは自らの銃をホルスターに収め、白い銃の安全装置を外した。

 


作戦行動開始まで




扉がゆっくりと開かれた。

 


その瞬間ソフィア軍が廊下へ向かって銃口を向けた。
しかし、完全に開いた扉の先にあったのは
空虚なまでの静けさだった。

たゆたう霞みが、さらに空気を冷たくさせる。

一同は驚きを飲み込み、さらに歩みを進める。
彼らの靴音は高い天井に響く前にビロードの絨毯に吸い込まれていく。
しかし、何かが反響するように不確かな予感が迫る。
ムゥは隣のアスランだけに聴こえるような声で呟いた。
まずい予感がする、と。

作戦部隊は方々に散り
それぞれにダンスホール入口の死角に身を隠した。
ダンスホールの入口は重厚な扉で閉ざされ、中をうかがい知ることは出来ない。
そしてホールは不自然な静寂に包まれていた。

「静かすぎる・・・。」

アスラン同様不穏な空気をかぎ取ったムゥは扉に耳を押し当て神経を集中させる。

「でも、何かの気配を感じる。
たぶん、数は多い。」

ダンスホールを壁伝いに進み、一面ガラス張りの壁面を覗こうとしても
ビロードのカーテンで遮られ内部を確認することは出来ない。

その時、突入部隊の指揮官が右手を挙げた。
それは突入の合図だった。

 

ダンスホールの全ての扉が開け放たれる。

瞬間、外気が一気に吹き込んで、

そして、むせ返る様な血の匂いに包まれた。

ダンスホールへ向けた銃口の先に見る光景に、
言葉は無かった。

ホールの中央で折り重なるように横たわる人々が
永久に言葉を奪われたように。 


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