9-18 疾走




最悪のシナリオは常に頭の中にあった。
危険を回避することとは、そのシナリオを書き変えていく作業である。

この腕に抱える一番たいせつな人を、護るために。

 

 

聴こえるのは、
自分の呼吸と鼓動と
芝生を蹴る靴音。

呼吸を乱すな、
鼓動を保て。
そう言ったのは父パトリックであった。
繰り返された父の言葉は遺伝子に記されることは無い。
だが確かに体に刻まれていた。


危険な状況であることは分かっていた。
それでも、戦場の経験が思考をクリアーにしていく。
現実が孕む悲惨さと乖離する程に。


アスランは爆発のあったダンスホールを背にしてセントラルロビーへと向かった。
ムゥからの緊急通信から、
ソフィアはセントラルロビーを緊急避難場所とし列席者を保護するとともに
負傷者の救護に当たっているの情報が入った。

先程の庭での襲撃から推測するに
テロの標的はソフィアという国家か、もしくは建国の英雄であるカミュか、
おそらくその2つに絞ることができる。
故に、カガリが直接狙われる可能性はテロリストと遭遇してしまった場合だ。

混乱の叫びと、逃げ惑う足音が奏でる不協和音が聴こえてくる。
もうすぐ庭を抜ける。

と、風向きが変わる。
向かう先のセントラルホールが風下になり、ガスとも塵芥とも区別がつかない靄が靡く。
混乱に斑む殺気に、アスランは銃口を向けた。

 





「ねぇ、マキャベリはどう思う?」

カミュは体をベンチに委ねながら問い、、
カーテンに火でも移ったのであろう黒煙を上げだした会場を見上げた。

「何のことだ。」

「アスランたちはセントラルホールに辿り着けるのかな。」

悪戯っぽい笑みを浮かべながら尋ねるカミュに、マキャベリは厳格な声色で応えた。

「護りたいものがあるなら、護り抜くだけだ。」

マキャベリらしい返答にカミュは眉尻を下げて笑った。

「アスランもそんな目をしていたよ。
カガリを護り抜くって。」

「ウズミの娘・・・か。」

呟くように漏れたマキャベリの言葉の奥を透かすように、カミュは言葉をかけた。

「相手として不服かい?

それは、ラクス・クラインが似つかわしいと、今でも思うから?

カガリがナチュラルだから?

ウズミの娘だから?

それとも、Frrdom trailの宿命を負っているから?」

真一文字に口元を引き結んだまま言葉を飲み込むマキャベリに、
カミュは続けた。

「運命の出会いだと、私は思うよ。」

 

 



「カガリ、掴まっていろ。」
アスランの言葉が結ばれるまえに放たれた銃声。
足元を切っていく銃線の気配。
芝生に突き刺さる銃弾の鈍い音。
アスランは静かに引き金を引いた。

そして、全てを置き去りにするスピードで駆け抜ける。

カガリはアスランの肩口から背後を見た。
そこには青々とした芝生の上に2つの人影が落ちていた。
何故と、言葉がのった唇をかみしめ、
前を向いた。



靴音が変わり、廊下に出たアスランはセントラルロビーの方向へ向かう。
アスランが抱いた違和感を、カガリが呟いた。

「静かすぎる・・・。」

爆発からある程度の時間がたったため、列席者の多くは避難していることは予想していたが、
それにしても。

「誰もいないなんて・・・。」

靴音は赤い絨毯に吸い込まれていくはずなのに、
アスランが疾走する靴音が高い天井に響く程の静寂。
可視化されない予感は、肌にまとわりつくような不快感を覚える。
その中でアスランの声が冷涼と響いた。

「このフロアは既に犯行グループに占拠された可能性がある。」
「まさかっ。」

その時だった。
長い廊下の先で蠢いた影が見えると同時に
ポインタが真っすぐにアスランを捉えた。

 

 




セントラルロビーもまた混乱を極めていた。

「消毒液、無ければお酒を持ってきてっ!」

マリューの矢のような声が飛ぶ。
到着した救急隊員だけでは手が足りず、マリューは負傷者の応急処置に奔走していた。
一方のムゥはアスハ代表が戻らないことを理由にオーブ軍としてソフィア軍に協力し、
セントラルロビーを出ようとしていた。
その前にもう一度携帯用の端末を見た。
しかし、いくらコールしてもアスランからの返事は無い。

「無事でいろよ。」

無機質なコール音を繰り返す端末を苦味を帯びた瞳で見つめ首を振り、
銃の安全装置を外した。
 


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