9-2 時の狭間



中央ユーラシア北西部でテロが起きたとのニュースが世界を駆けたのは、
キラとラクスが帰国後、間もなくのことであった。

――よりによって、このタイミング・・・か。

カガリは会議室中央に映し出された3Dの地図に鋭い視線を向け、奥歯を噛み締めた。
切欠は、演習を終えたプラントの戦闘機が誤作動を起こし、
地球連合に組しているバルティカの市街地へ墜落したことにある。
戦闘機は市民の多くが集う礼拝堂に突っ込み、
さらに墜落の衝撃により戦闘機に搭載していたミサイルが起爆し、
結果として、バルティカの罪無き市民の命が一瞬にして奪われた。
プラントは戦闘機および周辺基地から、バルティカ市民の避難を再三呼びかけたと主張したが、
地球連合はプラントのテロ行為であると表明したことにより、この問題は一気に紛争へと発展した。

――キラの一件があってから半月も経たずにこんな事が起きれば、
   地球連合が過剰反応するのも分かる。
   だが・・・。

カガリは薄く瞼を閉じて、米神に細い指を這わせた。
キラが地球へ命を還す為に地球連合制空域を通過した際、
所属不明のMSエレウテリアーが地球連合軍の戦艦1隻を破壊した。
プラント側は、プラントと所属不明のMSの関係性を完全否定したが、
地球連合側がそれを受け入れるはずも無く、また、クライン議長の対応の遅れもあいまって、
双方の平和的和解が難航していた、その矢先である。

――この紛争を早期解決しなければ、
   やがて世界を別つ戦争に発展しかねない。

カガリは手の元の資料に目を移した。
オーブから派遣する候補者リストのトップに挙がっている名前を
そっと視線でなぞった。

――アスラン・ザラ・・・。

この任務にアスラン以上に適した人材はオーブには居ないであろうことは、
カガリ自身も軍本部も分かりきっている。
だが、カガリの心に爪痕のような傷が痛みとともに、確信めいた胸騒ぎを覚える。
今、アスランと離れてはいけないと・・・。

――何を考えているんだ、私はっ。

カガリは小さく首を振った、その時だった。
キサカから発せられた言葉が、判決めいてカガリの耳に届いた。

「では、DDR部隊としてザラ准将を派遣することとする。
代表、よろしいでしょうか。」

「あぁ、異論無い。」

カガリは不確かな不安を飲み込むように頷いた。

 

 

アスランはランチのトレーを目の前に欠伸を噛み締め、
滲んだ目元を無造作に擦った。
アンリは、尊敬する上司の何処か幼い仕草に、素直に笑い声を上げた。

「昨晩も晩かったんですか?」

「え・・・?、あぁ。」

アスランはサイの研究室で論文を仕上げていたと言うことは出来ず、
アンリの問いに苦笑いで曖昧に答え、ネクタイを緩めた。
やはりその仕草に、アンリは問いかける。

「それ、流行ってきたって知ってます?」

アスランはきょとんと瞳をまるくし、アンリの指示語が何を指すのか思考をめぐらせる。
あれほどキレる上司は、自分のこととなると突然鈍くなる、
そのギャップにアンリはくすくすと笑った。

「その、軍服の下にワイシャツとネクタイ着るのが、流行っているんですよ。」

知ってました?と視線を向けられ、アスランは自らへ視線を落とし、
次いでカフェテリアを見渡すと、同じような服装の者を数人見つけることができた。

「准将が帰国してからですよね、ワイシャツにネクタイを着用するようになったの。
どうしてですか?」

あ、別にやめろって言ってるんじゃないですよ、とアンリは両手を軽く振った。
“軍服を乱すことは精神の乱れだ”と、口うるさく言うであろうと思われた上層部で
このスタイルが流行しているのだから、誰も苦言を言う者はおらず、
故にアスランにやめさせる理由は無い。
だが、アンリは不思議に思ったのだ、
生真面目な性格のとおり、きっちり軍服を着込んでいるアスランが、
何故服装を変えたのか。

アスランは緩めたネクタイにそっと触れて応えた。

「ネクタイが、したかったから・・・かな。」

穏やかに微笑んでいる上司、
しかしその瞳に見え隠れする郷愁をアンリは嗅ぎ取った。



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Chapter 9    blog(物語の舞台裏)
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