9-15 ロゼ
“大統領のオススメなら、是非”そう言って、カガリはワイングラスを手に取り、
それにアスランも続いた。
警戒心が相手に伝わることは危険性を高める、
だからこそアスランは常と変らぬ表情で会話に参加していた。
ポーカーフェイスは苦手ではない、筈なのに、
ワイングラスを傾けた瞬間、カミュが苦笑を浮かべてこちらを見た気がした、
こちらの意図を透かし見ているように。「あ、この味っ!」
カガリはロゼワインを一口味わってパチパチと瞬きをすると、
もう一口含んで、今度は確かめるように舌の上で転がした。「どうされました、代表?」
至極楽しそうに笑うカミュから、やはり年齢相応の若さを感じる。
「このワインを何度か頂いて、
あんまりおいしいものだから、もう一度味わいたいと思っていたんだ。」そう言って浮かべてカガリの笑顔は
太陽の光をいっぱいに浴びたひまわりのようで、「左様ですか、それは良かった。」
そう応えたカミュが浮かべた笑顔も――。
――え・・・?
そしてアスランは事実が浮遊しているかのような感覚に陥った。
カガリとカミュの淡く緩められた琥珀色の瞳も、その仕草も、まとう雰囲気も、
重ねてしまえば全てが一致する。
そう例えるなら、同じ花畑から切り採って来た2輪のひまわりのように。
ふいに蘇ったのは、ディアッカとイザークと交わした会話。
『カミュ・ハルキアスは、オーブの姫さんに似てるしな。』
そう言ったのはディアッカで、
『何処が似ていると言うんだ。』
それを否定したのはアスランで。
カガリとカミュの写真を並べれば、自ずと答えが示されていた。『絵になる程、似ているな。』
あの時のイザークの声は、まるで審判めいて聴こえたのは
それが事実であったから。そして知らされた噂は、ただのゴシップに過ぎないことは分かっているのに、
『ソフィアの一部では噂になってるらしいしな。
この2人がお似合いだって。』胸のざわめきが、アスランの余裕を奪っていった。
しかしそれは噂のままで終わらなかった。
『奴は“お近づきになりたい”と、言っていたそうだ。』
知らなかった、カミュが現実としてカガリに接近していたことも、
『レセプションで一緒にいるところを見た。
もっとも、カミュ・ハルキアスは終始カガリ・ユラ・アスハを目で追っていたように俺には見えたが。』それが、ただの興味の範囲に留まる程の想いでは、無いであろうことも。
アスランの思考を過去から現実へ戻したのは、
カミュからの思ってもみない提案だった。「ザラ准将、アスハ代表と少しだけ歩かせてもらえないかな。
この庭を、紹介したいんだ。」現状から言って、キラとラクスに何かが起きた蓋然性がある以上、
万一に備えてカガリの傍を離れたくは無かった。
しかし、感情はそれだけじゃない、カガリをカミュと2人きりにさせたくない。
アスランは穏やかな表情を張り付けたままカガリへ視線を流したが、
その拳は固く握られていた。
アスランはカミュの申し出を断れる立場に無い、
カガリに判断をゆだねることしか、出来ない。カガリはアスランの視線に混じる感情を読みとって、
わざと肩をすくめて、おどけて見せた。「准将、絶対に脱走しないから、心配するなって。」
それはアスランを安心させるための言葉である一方で、
カミュに、アスランが心配しているのは自分の粗相であると思わせるためでもあった。
カガリはとっさの判断でカミュに対して布石を打った。
理由は分からないが、カミュが人の心に敏感すぎる程の人のように感じたのだ、
例えばキラのように、無意識に人の想いを感じてしまうような。カミュはカガリの言葉にくすくすと笑みを零して、さりげなくアスランと視線を交えた。
続いた言葉は、何故か示唆的に響いた。「大丈夫だよ。
きっとカガリは、君の元へ戻るから。」
カガリの手がアスランのもとから離れて、差し出されたカミュの手と重なった。
目の前の光景がアスランの胸を刺す。
会うのが2度目とは思えない程、まとう空気が同じ2人、
そう、“絵になる程”似つかわしい2人――
歩みの数だけ離れていく背中に、
何も言えず、何も出来ず。固く拳を握りしめたまま視線は重力に従順に下がっていく。
視界に入った己の足元は、まるで自分の立ち位置を示しているかのようで
皮肉に歪んでいく。既視感に呼び起される焦燥に、過去の痛みが蘇る。
ユウナに肩を抱かれて離れていくカガリの背中と、
自分の歪んだ足元。行き場の無い感情が胸を埋め尽くしていく。
この感情が嫉妬であることを、
自覚していた。
* * * * *
途中に挿入いたしました回想シーンは、以下のエピソードを下敷きとしております。
よろしければご参照ください。
5-15 思考回路
5-16 二輪の向日葵
5-17 あの日、レセプション会場で
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