9-14 待ち焦がれた偶然





ソフィア建国式典の後に行われたレセプションには世界各国の首脳が集い、
それはまるで世界の縮図のようであった。


オーブで行われた、キラとラクスの婚約レセプションとこの光景が重なる。
あれからそれ程月日は経っていない筈なのに
どうして遠く懐かしく感じてしまうのだろう。
地球からの列席者の笑顔の裏に情勢的な緊張感があるからだろうか、
それとも、この場にキラとラクスが居ないからだろうか。


気を抜けば、心の隙間から洩れる溜息を戒めて、
カガリは光輝くような笑顔で交友を結んでいった。
キラとラクスと連絡を取ることができず、状況もわからず、
そして直接の力になれない今、
自分にできることは世界に落ちる影をひとつでも消すことだった。



そして、改めて思うのだ、
ラクスという存在が、どれだけ世界に大きな影響をもたらしていたかということを。




アスランはカガリの隣に立ちながら
交わされる会話に応じながらも絶えず周囲に気を張り巡らせていた。
世界の首脳が集結したこの場所でテロを起こす馬鹿などいない、
そう考えるのが普通である。
だからこそ、キラとラクスの婚約レセプションは列席者の存在が担保する安全性が約束されていた。

しかし。

カガリと他国の外相等の談笑に合わせて微笑を浮かべながら、
アスランは会場を一瞥した。

キラが地球へ魂を還そうとして、愛機であるストライク・タキストスで地球連合軍の制空圏に侵入し
所属不明のMSが地球連合軍の軍艦1隻を撃破した件、
さらにバルティカへプラントの戦闘機が墜落したことに端を発したバルティカ紛争も加わり
プラントと地球連合の関係性は確実に悪化していた。
それは同時に、ナチュラルとコーディネーターの溝の深まりを示していた。
この不安定な情勢を受けて、地球連合に組する国々の代表は建国式典のみに出席し
レセプションは代理を立てた国が多く見られた。
つまり、キラとラクスの婚約レセプションに比して
人的要因から安全性は低下していると言わざるを得ない。

さらに、ソフィアの独立はプラント議会によって承認されたとは言え、
全てのプラント国民がソフィアの独立を祝福している訳ではない。
むしろ、ソフィアの暴走と見て危険視している過激派の存在もある。

故に、このレセプションを潰そうともくろむ者が存在する可能性は、
地球連合の国々にも、プラントにも、
言い換えれば、ナチュラルにもコーディネーターにもあるのだ。

――厄介だな・・・。

アスランが内心そう呟いた時、腕に細い指が触れた。
それはほんの一瞬だった。
あまりにさりげない仕草だったから、確かめるようにカガリへと視線を滑らせれば、
先ほどとは別の国の国務次官と談笑する姿が目に映った。
誰にも、もしかしたら相手にさえ気づかれない程さりげなく優しさを注ぐカガリに
救われたような想いを抱く。

大切なんだと、こんな瞬間にさえ思う。

だから、
護りぬくと心に誓った。

 

 

 

午後から開始されたレセプションは滞りなく進み、会場には柔らかな西日が差しこんできた。
絶えまなく続いた挨拶も途切れ、カガリは小さく息をついた時
アスランはカガリの手を軽くひいた。

「少しお休みになられた方が。
何か飲み物を。」

ありがとう、カガリはそう言って頷いて、
アスランが馳せた方向へ視線を重ねれば
手入れの行き届いた庭と一体的に作られたポーチのベンチが目に入った。
そして思うのだ、心が自然と休まっていくのは
咲き乱れる花々と瑞々しく茂った樹木の色彩だけじゃない、
アスランのさりげない優しさがあるからなのだと。

アスランはカガリをベンチまで案内すると、
飲み物を求めてアテンダントへ目配せをした、その時だった。
アテンダントの背後からトレーの上に2つのワイングラスを持ったウェイターが現れ
手短に、しかし至極丁寧にお辞儀をして2人の前に差し出した。
求めたその時に、求めるものが手に入ること、
普通であれば行き届いたサービスに感謝するところであるが、
アスランはあまりのタイミングの良さに警戒を強めてしまう。
まるで、この時を待っていたかのようだ、と。

アスランは常と変らぬ穏やかな微笑みを乗せたまま、ウェイターに断りを入れた。
相手の反応を見極めるために。
「申し訳ございません、お水をいただけますか。」

するとウェイターの背後から、想像もしなかった声が聞こえてきた。

「それは大変申し訳ございません。」

ゴールドブラウンの髪に、中世的な面立ちは
背景が透けて見えそうな程の透明感を感じさせる。

「ですが、私のオススメのワインですので、
お近づきのしるしに、どうか。」

しかし、琥珀色の瞳は
その透明感に不釣り合いな程強い意思を湛えている。
現れたのは今日の主賓、カミュ・ハルキアス大統領だった。

「ハルキアス大統領、ご建国おめでとうございます。」

そう言ってカガリは右手を差し出し、
カミュは微笑みそっとカガリの手を取った。
アスランはカミュのその仕草に微かな違和感を覚えた、
何処かで見覚えがあった、
いや、何度も見てきただろう、
目の前で、カガリがそうするのを、何度も――

どうして、カガリと目の前のカミュの残像が重なるのだろう。
自らの思考自体に驚きを感じながら、アスランはカミュに手を差し出した。
挨拶を交わしながら握り返された手の感触さえも異質なもののように感じられた。
男性的な広い掌はまるで女性のように薄く、
筋張った細い指がことさらに儚い。

まるでガラス細工のように、
存在自体に脆さと儚さを内包するかのように。


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