8-8 あなたの胸に



永久に続く
憎しみと哀しみの二十螺旋。
それは、まるで砂時計のように反転する。
自己から他者へ。



許すことなど出来る筈が無い。
その罪を。
罪の創造主を。

――コーディネーターを・・・。

その答えに
カガリの左頬を涙が伝った。
そこで現実として行われた倫理を瓦解させる程残忍な行為は、
コーディネーターの未来の創世という大義によって正当化された。
禁忌を犯して生命を培養し、
実験器具としての女性に孕ませ続け、
恣意的に生産された生命は
選択と淘汰の名の下に廃棄された。
そこに注がれていたのは、
人類が築き上げてきた英知と
燃え尽きるこの無い情熱だった。

正当化され続けた搾取を
踏みにじられ続けた尊厳を
蔑まれ続けた生命を、
許せる筈無い。

飽くなき欲望を純粋な希望へとすりかえ、
虐殺を未来の創世へとすりかえた、
コーディネーターを許せる筈が無い。

カガリの左頬を伝う涙は
重力に従順に堕ちていく。
抗えぬ真理を示すように、
残酷に堕ちていく。

事実に喚起される底知れぬ憎しみと哀しみに戦慄を覚え、
カガリは顔を覆った。

――違うっ。

胸の内から迸る憎しみと哀しみを
コーディネーターへ向ける自分が確かにここに在る。

憎しみの剣の先は
キラにも
ラクスにも
アスランにも
等しく向けられる。
彼らがコーディネーターであるから。

――違うっ、違うっ!

罪を創造したのはコーディネーターであるから。

――違うっ!

彼等では無いのであれば、
誰が罪を犯した。

――違う・・・。

罪を否定するならば、
フリーダム・トレイルを認めるのか。
成された全てを許諾するのか。

――違う・・・。




声にならずにただ粉雪に全てが埋め尽くされていく。
白い闇に、
宇宙が閉ざされていく。
自分の意志を示すことも抗うことも出来ず
理不尽に
暴力的に
未来が閉ざされる。

闇に窒息する。

――そう、
   こうしてあの命は
   奪われたんだ・・・

白で塗りつぶされた世界に浮かぶのは
無数の深紅の足跡。
そこに、新たに加わるのは

――私の、足跡・・・

重力を帯びたように沈む視線を
力ずくで背後へ向ければ
宿命を知る。

――私も
   その一つ・・・

罪の一つ。
憎しみの一つ。
哀しみの一つ。


――お父様、教えてください・・・

――どうして人は
   英知と情熱を尽くして
   憎しみと哀しみを生むのですか・・・

――どうして人は
   命を生み
   命を育み尊み、
   そして命を奪い続けるのですか・・・

――なぜ、
  それは止まないのですか・・・

――お父様、
  教えてください・・・

――どうして私は、
      生まれてきたのですか・・・

――どうして
   生きているのですか・・・



いくら呼びかけても、
引き返せないこの場所で
真白な闇に声は溶けて消える。
跡形も残さずに。
降りしきる粉雪を手で振り払うことも出来ず
にただ浴び続ける。
粉雪が舞い落ちては
体に触れて溶けていく。
溶けたそこから染み入って
体温も身体の自由も
心さえも奪っていく。

二筋の涙は頬を伝う前に凍りつき
粉雪のひとひらに変わる。

左手を動かす自由も力も枯れていた。
それでも身体を揺らして
胸の前まで上がった左手を右手で包み込んだ。
その拍子に膝が折れて
そのまま何も出来ずに倒れこんだ。
それが、
最後に残った力だと分かっていた。

――この粉雪は
   何処から降ってくるんだろう・・・。

見上げた先が宇宙なのか
それとも知りえぬ何かであるのか
分からなかった。
寒気を催すほど美しい白に
瞳は色彩を失っていく。
真白に染め抜かれた闇に
沈むように埋め尽くされていく。
胸の奥の燈し火の
光の漏れる隙間も無い程に。

胸の前で重ねた右手の指先が
無意識に触れるのは
左手の薬指。
今はそこに無い想いの欠片を
カガリは抱きしめた。

「・・・アスラン・・・。」

――傍にいて・・・

――ここにいて・・・

――離さないで・・・

言えなかった言葉が、
もう二度と言うことが叶わない言葉が
涙になって零れ落ちる。
零れ落ちた涙は落ちる前に
降りしきる粉雪のひとひらに変わる。

その瞬間
ぬくもりに包まれた気がした。

「アスラン・・・。」

アスランが
抱きしめてくれた気がした。
2年前、
まだ恋人と呼べる関係にあった頃のように、
優しく包んでくれた気がした。

「アスラン・・・。」

愛してる。
そう言えないから、
名前を呼ぶ。
それだけで胸が痛むけど、
それ以上に
優しい気持ちになれるから。

「アスラン。」

重ねた過去では無く
カガリは今のアスランに手を伸ばして頬を寄せた。

都合の良い夢だと、
分かっていた。
指輪を外した自分を
抱きしめてくれる筈が無いと
分かっていた。

それでも、
今この瞬間だけでいい。

あなたの胸に
抱かれていたい。 



← Back    Next →                     


Chapter 8   Text Top Home