8-24 ガラスの向こうの懐かしさ
「コル爺、お久しぶりです。」
ムゥと共に現れた作業着姿のキラが差し出した手を、コル爺は文字通り"怪力"な握力で握り返した。
「よぉっ!!元気じゃったかっ!!」
骨が軋む音が掌から伝わって、キラは泣き笑いのような表情を浮かべ、
やはりムゥとカガリの爆笑が響いて、アスランはその光景に穏やかな微笑を浮かべた。
最初に、ムゥが暁のコックピットに座り、問題のシステムまで操作していく。
キラとカガリはそれぞれ画面を覗き込み、アスランとコル爺はいつでもハードを調整できるようスタンバイしている。
カガリはチラリと視線を横に向ければ、
キラは、普段のラクスを映したようなふわふわとした雰囲気と一変して、鋭い眼差しを向けていた。
そしてぼんやりと思うのだ、キラはこうして技術者にな道もあったのだと。
そう、例えばアスランと一緒に、
コル爺と一緒に。
「で、ここでストップしちゃう訳。」
ムゥが片眉を下げて振り向いて、カガリはパチパチと瞬きをした。
画面上には、”password”の文字が表示されている。
あまりに"それらしい"画面に、少し噴出しそうになる程だ。
「面白いね、コレ。
カガリは暁に乗った時、ここまで使わなかったよね。」
やっぱりキラには心が筒抜けだと、カガリは小さく笑って応えた。
こういう感覚、好きだと思う。
「あぁ、使わなかった。
だから、准将からムゥの話を聞いてもピンとこなかったぞ。」
「アスランは、どこまでいじった?」
キラが振り向きざまにアスランに声を掛けると、
徐にムゥはコックピットを降り、目線でキラに交代を促した。
「俺もこの先には進んでいない。
ハードもいじったが、全て元に戻してある。」
と、キラがコックピットに座ったと同時に、横からコル爺が顔を出し、
相変わらずのでかい声で言葉を繋いだ。
「暁を造った、わしでもわからんのじゃぁ!」
コル爺の持つ天然ユーモアな雰囲気が、場を和ませて、
キラは瞳を細めて思う。
――なんか、いいな。
こういうの。
「始めるよ。」
キラがそう言って眼光が鋭くなった時、ムゥは片手を挙げて背中を向けた。
「じゃぁ、俺とコル爺はメシの準備してくるから。
何かあった時は声掛けてくれ。」
「楽しみにしておれよ〜!!」
そう言ってあっさりと背を向け、キャットウォークを歩いていく2人に
アスランは深く頭を下げた。
暁のシステムチェックに技術協力者としてキラを招くということは、例外中の例外である。
そのため、暁の設計及び製造者であるコル爺とパイロットであるムゥが同席しなければ、
この例外にさらなる不自然さが付加されることになる。
アスランはムゥとコル爺に、"何も"伝えていなかったにも関わらず、
それでも"何か"を感じ取り、こうして気をきかせてくれたことに深く感謝の念を抱いた。
これで、キラは自由に動ける。
そして万が一、求める情報がそこにあっても、
誰を傷つけることもない。
自由と安全を同時に確保できる。
準備は整った。
「じゃ、始めようか。」
キラの軽やかな声を皮切りに、ウズミの真実へ手を伸ばした。
「ごめんなさいね。」
マリューはそう言って、眉尻を下げて笑った。
「いいえ、わたくしもこうしてゆっくりとマリューさんとお話できて嬉しいですわ。」
マリューとラクスは、施設内のコンファレンスルームの一番窓際のソファーに並んで座っていた。
視線を一面のガラスへ向ければ、暁のコックピットで作業している人影が見えた。
ムゥは持ち前の人間関係における絶妙なバランス感覚により、組織内において隙をついては自由に動いていた。
しかし、いくらムゥとアスランが上手く立ち回り根回しをしても、
プラント最高評議会議長であるラクス・クラインを暁に触れさせることは叶わなかった。
しかし、そこにあったのは政治的理由だけではなかった。
「ラクスさんも、一緒に作業ができるように根回ししてみたんだけど・・・。」
そう言って、マリューはラクス特性ハーブティーに口をつけた。
「いいえ、わたくしの身を鑑みれば、ここまで来られただけで、
皆様のご配慮に感謝しておりますわ。」
ラクスは春風のような声でマリューに告げた。
マリューは脳裏にこびり付いた疑惑に、薄く唇を噛んだ。
戦後、セイランの全貌が明らかにされると同時に、巧妙な汚職と腐敗、
そして戦争責任がセイランの名に積み重なっていった。
そこで浮かび上がった一つの疑惑――
それは、セイランがプラントにラクス・クライン襲撃の黙認と引き換えに、オーブ・プラント間の不可侵協定を密約していたというものである。
セイランは全てを闇に葬るように、当時台頭していた多くの人々がこの世を去り、
この先、真実を明らかにすることは不可能であろう。
だが、マリューは思うのである。
もしも、この疑惑が真実であったなら、セイランが得ていた情報が多く正確な程、
セイランを急進的に奔らせ、結果としてオーブを追い詰めたのは、自分自身なのではないか、と。
当時、あの場所にキラとラクス、マリューとバルトフェルドが身を隠していたことをセイランが知ったらな・・・、
不安要素の排除に着手するであろう、手段を選ばずに。
ここから浮かび上がる問題は、セイランの政治思想の偏りだけではない。
淵源は人種問題にある、
このオーブの中で。
カガリが代表として返り咲いたことを境として、オーブが掲げる"共生"の理念は再び息を吹き返したが、
それで全てが解決した訳ではない。
人種の壁はあまりに高く
壊しても崩しても、そこには傷跡が残り、
淵源の根は強く深く
引き抜いた傍から新たな芽が出て
そこに数多の根が植わっていることを知らせる。
だからこそ、キラの技術協力に慎重になったアスランを慮り、
マリューは溜息をハーブティーと共に飲み込んだ。
おそらく、目の前で微笑みを絶やさないラクスも、そのことを感じ取っている筈だ。
「時々」
ラクスは真直ぐ暁のコックピットへ視線を向けた。
「懐かしく思います。」
空色の瞳に"あの頃"を映し出して、ラクスはそっと目を細めた。
ラクスの鈴の音のような声が、何処か儚く感じられたのは
マリューの気のせいだったのであろうか。
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