8-22 可愛げの無いシナリオ



アネックスルームのリビングの窓は開け放たれ、
揺れるレースのカーテンの向こうから柔らかな海風がそよぎ
レモネードの爽やかな薫りが香る。

中央のテーブルの上でラクスは散歩の途中で摘んだ草花を生け、
キラとカガリは同じ角度でソファーから足を投げ出して話をしていた。
カガリの隣の位置に座るアスランは、
キラとカガリに相槌を打ちながらも時折膝の上で組んだ手をじっと見詰めていた。

アスランの目の前のレモネードの入ったグラスは水滴ばかりが滴り、
清涼な音を立てて氷が傾いた。



「カガリは・・・」

そう切り出したのはアスランだった。
何かを考え込んでいることを知った上でキラとカガリが何も問わずにいてくれたことを
アスランは自覚していた。
だから、正直に切り出した。

「暁のシステムが一部起動しないことを知っていたか。」

キラは"そうなの?"と書いてあるような視線をカガリに当て
カガリは記憶の糸を辿るように瞳を閉じた。

「私が乗った時に、特に不自然なことは無かったぞ。
ただし、全ての機能を使ったわけじゃないから。」

ゆったりと頷いたまま、アスランは再び膝の上で組んだ手に視線を置いた。

「キラなら、直せるのではないでしょうか。」

ラクスの歌うような声と共に、花びらが開くような薫りが広がった。
テーブルの中央に花瓶を据えると、ラクスはキラの隣に腰掛けた。

「暁、故障したのか?」

首を傾けて問うカガリの仕草は年齢相応の可憐さを持つのに、
その声には代表としての責任が見え隠れし、
アスランは胸に立ち込めるような苦味を悟られないよう組んだ手を解いた。

「いや、ムゥさんから以前報告を受けていて。
俺とコル爺でも、システムが起動しない原因も、そもそも何のシステムなのかさえ分からないんだ。」

キラは微かに瞳を見開き真直ぐな眼差しをアスランに向けた。

「それって・・・っ。」

アスランは眼差しの意味を受け取るように頷き、ラクスがキラの言葉を引き受けた。

「何か関係があるのかもしれませんわね。」

ラクスが何を指しているのか言葉にせずとも、この場にいた誰もに重く響いた。

Freedom trail――

そして同時に、カガリはアスランの言葉を思い起こしていた。
『きっと、ウズミ様は全てご存知だったんだ・・・。』

――お父様・・・。

父の声を、言葉を聴きたい。
カガリは、カガリとして切に願うと同時に、
国家元首として自らの足元を見詰めた。
フリーダム・トレイルが孕む破滅さえ呼び起こす強大な力を見過ごすわけにはいかない。

――お父様の真実が、そこにあるかもしれない。

「キラ、遊ぶ約束は延期だ。」

そう言葉を結んだカガリの瞳の色彩に、微かに重厚さが加わったことをアスランは見逃さなかった。
それはカガリがアスハ代表へ変わる瞬間だった。

「これから暁のシステムを見てほしい。たのむ。」

きっとカガリならそうすると、アスランは思っていた。
だからこそ、思考していたのである。
どうすれば、波風を立てずにウズミの真実の欠片を
キラとカガリに渡すことができるだろうか、と。

「うん。わかったよ。僕も知りたい。」

キラは穏やかな表情で頷き、寄り添うようにラクスが微笑んだ。

「すぐにでも、参りますわ。」

カガリはキラとラクスの返事に心温まる想いを抱いた。

「ありがとう。じゃぁ・・・。」

と、腰を上げたカガリの動きを止めたのは "ザラ准将"だった。

「代表――。」

硬質な声の響きから、カガリもアスランが准将としての進言をしていることを読み取り
静かな眼差しを向けて続く言葉を待った。

「キサカ総帥とシモンズ主幹へ話を通す前に、俺にお任せいただけませんか。」

アスランは予想していたのである、カガリであればキサカとエリカに直接話を通して、
暁が治められている格納庫へキラとラクスを招くであろうと。
それだけ重要な情報が、暁の奥深くに眠っている可能性はアスランも十分承知していた。
そしてキラの手がなければ、それを明らかにすることは難航するであろうことも。
だが、ラクスはプラントの議長であり、キラはフィアンセという立場にある。
その動かし難い事実が、誰かの心に波風を立てないとは限らない。
たとえ、キラとラクスが先の大戦でオーブを護ったことが史実であっても、
オーブ内部にコーディネーターという存在を快く思わない者が存在することは事実だ。
セイランが一時でも台頭した事実が、それを如実に物語っている。
だからこそ、アスランは波風を立てないように
万が一の場合は、その矛先がカガリではなく自分へ向くように、
細心の配慮をしようとしていた。
それを瞬時に読み取ったカガリは、奥歯を噛み締めるように頷いた。

アスランはアスハ代表の了承を確認すると、すっとキラへ視線を向けて問うた。
その声には明確な意図が込められていた。

「キラは先の戦争で、暁のシステムをいじったよな。」

アスランは、キラが保守点検の他、暁のシステムに触れていないことを知っていた。
だが、キラが暁のシステムチェックを行うためには、
"嘗ての戦争でキラがシステムに変更を加えた"という事実、
つまり"嘘"が必要になる。
アスランの意図が込められた問いに、キラは真直ぐな眼差しで応えた。

「うん。ムゥさんに頼まれたことがあったよ。」

キラの返答にアスランは頷いた。
これで、キラが国家機密の中枢とも言える格納庫へ足を踏み入れる正当性を担保できる。
アスランはカガリに視線を戻し、続けた。

「以前からフラガ大佐からシステムチェックを依頼されておりましたので、
それを本日行うこととし、
ヤマト隊長の技術協力については、フラガ大佐からキサカ総帥へ報告が上がるでしょう。
シモンズ主幹へは、こちらから連絡を。」

アスランの自然な程隙の無いシナリオに、カガリはふーっと息を吐き出した。

「幕僚長が、"ザラ准将は可愛げが無い"と言っていたが、
本当だな。」

とカガリは悪戯っぽく笑って、
アスランは、"なんとでも"と顔に書いてあるように不敵な笑みを浮かべた。





カガリとアスランは通信のため別室に移り、
残されたキラとラクスはソファーにゆったりと座ったまま寄り添いあっていた。

「難しいね・・・。」

そうキラが呟いて、

「はい・・・。」

ラクスが想いを重ねた。

アスランの敷いたシナリオの意味を解せないキラとラクスでは無かった。
今更ながらに気付く、自分たちはそれだけ政治的意味を負っているのだと。
以前であれば、エリカに話さえ通せば秘密裏に技術協力を行うことが出来た。
しかし今は、あの頃とは違うのだ。
あまりに自然にやってのけるアスランを何処か遠く感じて
キラは静かに溜息をついた。
そんなキラの心の機微に、ラクスは繋いだ手を握り返して
鈴の音のような声で微笑んだ。

「キラでしたら、きっとシステムを直すことができますわ。」


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Chapter 8   blog(物語の舞台裏)
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