8-19 だから、もう一度



木漏れ日の踊る小道を抜けた先に
時の重みを刻んだような橋が見えた。

その下を流れる清流が
御霊の眠る聖域と現世とを別つ。

それを繋ぐのがこの橋である。

しかし、今の2人にとってこの橋は
もう一つの意味を示していた。
明日を、
昨日を、
今この時の意味を、
知らない2人ではなかったから。

だからカガリは足を止めて
アスランはカガリと真直ぐに向き合った。
どちらかが告げなければならない
言葉があったから。
「アスラン。」
そうカガリの唇に乗るより前に、アスランが告げた。
言えば互いを傷つける言葉を
カガリには言わせたくなかった。

「何も変わらないから。」

変わらないもの、それはこの道を抜けた先に待つ明日であり
この道を来た昨日。
手を繋いだまま昨日と地続きの明日は歩めない。
今はまだ、隣にいることは叶わない。
2人の真実をこの世界の中で、真実たらしめることを
今は選べない。
そのことをこの世界で誰よりも知っているのは、
アスランとカガリ自身だった。

「何も変えない。」

2人の関係も、
距離も。

「だから、心配しなくていい。」

――アスラン・・・。
カガリはアスランに告げさせてしまったことに胸を痛め、
同時に、深い優しさに目を細めた。
カガリの瞳に透明な膜がはっていくのを見て、
アスランは薄く唇を噛んで、胸の痛みと共に堕ちそうになる眼差しを力ずくで定めた。
そこには、一つの覚悟があった。

「でも俺は、無かったことにはしない。」

何も変わらない、
それでも全てを忘れ去り何も無かったことにはしない。
それは、独りよがりな意地かもしれない。
だが、それを貫き通す覚悟がアスランにはあった。
アスランの言葉に微笑んだ拍子に
喜びが溢れるようにカガリの頬を濡らした。

「私も、無かったことにはしない。」

真実も、
約束も、
夢も、
今この時を
無かったことにはしない。
そして、カガリは心を揺するように小さく首を振った。

「したくない、
そんなこと・・・出来ない。」

そう言って視線を重ねるようにカガリはアスランを見上げた。

「だって、しあわせ・・・だったから。」

真実をひとつにすることが、
共にあることが、
幸せだったから。

「カガリ・・・。」

カガリの言葉にアスランは瞳を開いて、
差し出された想いに重ねるように応えた。
その声は、低く掠れていた。

「俺も、同じだ。」

「よかった。」

そうつぶやいて見せたカガリの微笑みは永久のように美しくて、
胸に直に刻まれるように刺さす痛みが
アスランの表情を何処までも優しくさせた。



ありがとう、
そう唇が動けば全てが終わる。
昨日と地続きの今を明日へ向かって歩みはじめる。
だからカガリは、すっと息を吸い込んだ。

「ひとつだけ、約束してほしいんだ。」

それは悪あがきだろうか。
意地だろうか。
違う、きっと。

「約束・・・?」

心に手を伸ばすようなアスラン声に、カガリは頷いた。

「夢を叶えたら、伝えたいことがあるんだ。」

――言えなかった真実が、
   まだこの胸の中に 
   残っているから・・・。

「だから、その時は聴いてくれないか。」

聴くだけでいいからと、続いた言葉は瞼に伏せられるように小さな声だった。
夢を叶えた先で、アスランの隣にいることが出来なくても、
それでも伝えたい言葉が一つだけあった。

――私の我侭だってことは分かってる・・・。
   でも、私は・・・。

「カガリも、約束をしてくれないか。」

降り注ぐような声を辿るように顔をあげれば、
そこに穏やかな微笑みを浮かべたアスランがいた。
この表情が大好きだと、カガリは思った。

「夢を叶えたら、俺も伝えたいことがある。」

――この世界で真実にしたい
   言葉があるから。

「だから、その時は
カガリも聴いてほしい。」

その未来においても直、
カガリの隣に立つことが出来なくても。

――真実は、出会えた奇跡から
   ずっとこの胸にあるから。

「じゃぁ、約束だな。」

「あぁ、約束だ。」

そう言って、アスランとカガリは繋いだ手を持ち上げて
掌を這わせるように指を伸ばして
小指を絡めた。
絆を結ぶように。



ここに重ねた真実があるから、
結んだ約束があるから、
描いた夢があるから。

だからもう一度、
この手を離そう。

想いが願いになる。
願いが誓いにかわる。
それは燈し火のように私たちを照らすから。

この絆を信じているから。

信じ続けるから。

解けそうになったら、
何度でも結いなおすから。

決して離さないから。


だからもう一度、
この手を離そう。

離したこの手で
夢を叶えよう。

そして約束の場所で
真実を告げよう。
2人だけの真実を。




重ねた眼差しと絡めた小指が解ける。
翼のような風が吹き抜けて、
舞い上がる視線で見上げた宇宙があまりに蒼くて、
降り注ぐ陽の光が煌くようにあたたかくて、
浮かぶのは安らかな微笑だった。


そして2人は
真直ぐに前を向いて歩き出した。
瞳に同じ夢を映して。
 


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Chapter 8   blog(物語の舞台裏)
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