8-18 この奇跡を抱きしめて



ウズミの墓石に花を供える頃には
朝露が溶けた空に太陽が高く上っていた。

2輪のプルメリアが海風に揺れ、
花の香が風にのって空を舞う。
きっと、この薫りと共に
祈りは届くことだろう。


「じゃぁ、先に戻るから。」

そう切り出したのはアスランだった。
カガリにはウズミと話したいことが沢山あるのだろうと、
気遣いからの言葉だった。
アスランの優しさにカガリは微笑みを浮かべると眉尻を下げた。

「ごめん、ちょっとだけ待っててくれないか。
一緒に帰ろう。」

予想していなかった言葉にアスランは微かに目を瞠った。
そして微笑むように頷き、
「じゃぁ。」
墓石から離れた石段の方へ視線を流した。

「うん、ありがとな。」

カガリは向日葵のような笑顔で頷いた。




ウズミの墓石から離れた石段の一番上に立ち、
アスランは微かに後ろを振り返った。
小さなカガリの後姿に、記憶が瞳を掠める。
月明かりに浮かぶ震える背中はあまりに儚くて
宵闇に消えてしまうのではないかと思った。

――でも、今は・・・。

大地を抱くように広がる蒼い空の下で降り注ぐ陽の光を浴び
真直ぐ前を向く背中に、凛と薫る強さを思った。
その姿を瞳に焼き付けるように瞼を閉じて、
いつものように墓石に背をむけるように石段に腰掛けた。
開いた瞳の先に広がる空は蒼く
そしてあたたかかった。




「お父様、どうか見守っていてください。」

そう言ってカガリは振り返った。
視線の先に石段の一番上に腰掛けたアスランの背中が見える。
2人を隔てた距離に、
丘陵を駆け上がるような風が海と森の薫りと共に舞い、
ふとアスランの姿に過去が降る。
あの時、宵闇に靡く事無くそこにある背中に
立ち尽くすような寂寞を覚えた。
吹き抜ける風に、アスランとの間の距離分だけ深く胸が痛んだ。
想いが伝わるより遠く、
寂しさを覚えるより近く、
アスランを護るために敷いた境界線。
抱えきれない想いに涙したあの時。

――でも、今は。

ぬくもりを持つ優しさに包まれて
カガリはたおやかな微笑みを浮かべた。

――こんな気持ちで、
   アスランを見ることができるなんて・・・。

この感情を胸に刻むようにゆっくりと瞼を閉じて、
でも気が付けば、カガリは駆け出していた。



ハイヒールが石畳を疾走する音が背中から聴こえて、

――こんな音を出せるのは、
   カガリだけだな・・・。

優しく澄んでいく感情のままの表情で、アスランは振り返った。

「ごめんっ!待たせたなっ!」

勢いそのままに息を弾ませたカガリにアスランは笑みを零す。

「そんなに慌てたら転ぶぞ。」
「大丈夫だ。私の受身はキサカ仕込だぞっ。」

やはりカガリらしい返しに、アスランは少し悪戯っぽい顔をした。

「だが、それ以上その服を汚したらラクスが何と言うか・・・。」

カガリは、アスランの視線を辿るように自らのワンピースを見た。
真白だったはずのワンピースは、ウズミの墓石の前で眠ってしまったからであろう
土や草木の色彩が所々移っていた。
カガリは、さっきまでの笑顔が嘘のように真っ青な顔をして、
ひな鳥さながらの仕草でぱたぱたとワンピースの埃を叩きだした。
アスランは、地球の自然のように豊かな表情を浮かべるカガリを眩しく思う。
が、
やはりこの面白さを堪えるなんて不可能だろう。
アスランがくすくすと笑い出して、ようやくカガリは気が付いた。

「お前っ!からかってっ。」

と、ワンピースの裾を握り締めて頬を膨らませたカガリであったが、

「ごめん。でも・・・」

その言葉とは裏腹に止まらず笑い続けるアスランに
いつしか声を重ねていた。



「さぁ、行こう。」

差し出されたアスランの掌に握り締めてついた爪痕は無く、

「うんっ。」

大きく頷いたカガリが浮かべたのは
陽の光のような微笑だった。


掌を重ねて指を絡めて。
2人は初めて
手を繋いで石段を降りた。




君の瞳に自分が映ること。

その先に微笑みがあること。

手を繋ぎ、共に歩むこと。

このありふれた尊い光を
人は幸せというのだろう。

それは、きっと奇跡なんだ。



だから、
この奇跡を
胸に刻むように抱きしめよう。


だからもう一度、
この手を――
 


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Chapter 8   blog(物語の舞台裏)
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