8-17 ウズミの真実
それはカガリからの提案だった。
「あのさ、私は、お父様にお花を手向けてから戻るから。
アスランは先に戻って、な。」
相変わらず男前を感じさせる何ともさっぱりとした言葉であったが、
アスランは一緒に花を手向けると告げた。
カガリはアスランが自分を気遣っているのかと思い
「私は一人で大丈夫だぞっ。」
そう言った。
いつものように小さな拳を作って。
しかし、
「俺は、ウズミ様にお礼を言いたいから。」
律儀さを思わせるアスランの言葉を聴いて結局、
ウズミの墓前を離れ一緒に花を探すこととなった。
互いに、ウズミに花を手向けたいとの意志に嘘は無かったが、
もう少しだけ一緒にいたいという思いもまた真実であった。
今、この時の意味を知らない2人ではなかったから。
手を繋いで獣道のような細い道を歩く。
そよそよと足を撫でる草花の葉がくすぐったくて、
と言うのは言い訳で、
手を繋いで隣を歩けることに素直に喜びを感じて
2人は自然と笑みを零した。
視線を隣に流せば呼応するように微笑みがかえってくる。
ただそれだけで、
蜂蜜色の幸福が甘く胸に広がった。
流石は南国といったところであろうか
森のほうへ深く入らずとも花はすぐに見つかって。
そして来た道をゆっくりと歩いた。
片手に花を持ちもう
片方の手を繋いで。
「お礼って、お父様の日記のことか?」
カガリの問いにアスランはゆったりと応えた。
「それもあるが・・・。」
視線を滑らしたアスランにカガリは首を傾げ、
その仕草にアスランは笑みを零して言葉を続けた。
「カガリとキラを、
救って下さったから・・・。」
その言葉に、カガリの歩みが止まった。
今更ながら気が付いた父の愛の深さに
カガリは胸を打たれて足がすくんだ。
「きっと、ウズミ様は全てご存知だったんだ・・・。」
何をと問わずともアスランが指すことも
父が知っていた事実も
カガリには分かった。
「殺すことも、出来たはずだ。」
アスランの言葉にカガリは息をのんだ。
しかし、それは現実的な選択肢のひとつであると
頭の中で冷静な声が響いた。
完成されてしまったフリーダム・トレイルを絶やさなければならい、
そのためには奇跡の双子を消さなければならない。
その思考は至極当然なものである。
「それでも、
カガリとキラを救って、
護って・・・。
カガリをお育てになった。」
カガリと視線を重ねて、アスランは問うた。
まるで大切なものを一つ一つ置くように。
「何故、ウズミ様がそうなさったのか、
カガリ、君が一番良く知っているだろう。」
――お父様・・・。
重なった視線の先でカガリの瞳が潤んでいくのを見て
アスランは、心を包むような柔らかな微笑みを浮かべた。
「だから俺は、ウズミ様に感謝している。
ウズミ様が救ってくださったから、
俺は出会えたんだ。」
「キラに。」
「君に。」
カガリの瞳から涙が零れ落ち、
アスランの指先がカガリの頬を優しく撫でた。
「・・・おと・・・さま・・・。」
カガリは思う、この胸に溢れる光のようにあたたかな想いは、
きっと感謝という名の感情なのだろうと。
絶えることなく注がれた無条件の愛情に護られて、
ウズミから授けられたものを知る。
命の尊さも、
世界の素晴らしさも厳しさも、
人としてあたりまえの感情も、
胸に刻まれた言葉も、
示された信念も、
真実も。
――私はお父様から、
未来をもらったんだ・・・。
指先が頬を滑るそばから次々に零れ落ちる涙は何処までも澄んでいて、
それはカガリが馳せる父への愛情の深さを示しているのだと、
アスランは思う。
――ウズミ様は、きっとお幸せだったのだろう・・・。
カガリは、まるで涙を止めるように宇宙を見上げてぱちぱちと瞬きをした。
その仕草が可愛らしくて、アスランは自然と笑みが深まるのを感じた。
繋いだ手を少しだけ揺らしながら、
「止まった?」
と問えば、
「うん、止めたぞ。」
と返すカガリがあまりにカガリらしくて、
アスランはこの陽だまりのような幸福を噛み締めた。
刹那、
意識とは無関係に強張った自身の表情にアスランは当惑した。
それは、泣きたいような衝動だった。
アスランは咄嗟に誤魔化すように微笑みを浮かべて歩みを進めた。
きっと、寄り添いあった心がひとつになっていたからだ。
涙を止めたばかりのカガリもまた溢れそうになる同じ涙を
懸命に堪えていた。
泣きたい時に隣にいること、
あなたの前で泣けること、
君の涙を拭うこと、
涙を拭う指先があること、
ありのままに、ここにいること、
微笑みが返って来ること、
それが確かに互いの幸せに繋がっていること。
その真実があまりに尊くて、
繋いだ手に力を込めた。
互いの心を結いなおすように。
今だけは決して、
解けて離れてしまわないように。