8-15 暁の真実
枯れることも絶えることも無いんだ。
この声も。
魂を震わす想いも。
憎しみの淀みと生の煌きと、
哀しみの冷たさと
尊さのぬくもりを持つ
この涙も。
想いを重ねるように抱きしめあったまま、
どれ位の時間が過ぎただろう。
カガリは時に子どものように声をあげ、
時に苦しみに耐えるように咽び、
迸るような感情が咳き上げ、
想いを馳せるように静かに涙を落とした。
声は、時を刻むように繰り返される潮騒に溶け
大地と海の芳しい風に包まれた。
地平線の向こう側に感じていた光の気配は
闇を切り裂く光の帯となって地球と宇宙を別つ。
地球と宇宙は、同じ瑠璃を重ねた藍の色彩を帯びながら、
宇宙は、光と藍が斑み蒼が生まれ、伸びやかな雲に淡紅を差し、
地球は、藍から輝く海と豊かな大地が生まれいずる。
夜明けがそこに迫っていた。
フリーダム・トレイルによって喚起された底知れぬ憎しみと哀しみ。
それは二十螺旋を描きながら永久に続いていく。
自己へ向かって、
そして他者へ向かって。
双方向の二十螺旋に砕かれていく心を滴らせながら、
カガリは憎しみと哀しみの剣を
コーディネーターへ向けることも、人類そのものへ向けることも、
生命を踏みにじった行為を認め許すことも、
血塗られた軌跡の上に存在している自分自身も、
そのどれを選ぶことも出来なかった。
選ばないこと、
それはカガリの強さだった。
――どれを選んでも、きっと誰かを哀しめて・・・
誰かの憎しみを生むのだろう・・・
――それならここで終わらせよう・・・
護りたいものがあるから。
大切な人たちが待っているから。
だからカガリは二十螺旋を
胸に突き刺すように抱きしめた。
永久に続くそれを
ここで終わらせるために。
こわくない。
だって、私はひとりじゃない。
大丈夫。
だから、伝えよう。
聴いてくれないか、
私の真実を、
想いを。
アスラン。
ここで共に、
真実を刻もう。
私たちの真実を。
「・・・信じ・・・たいんだ・・・。」
真実を。
しかし、燈し火のように煌く真実に手を伸ばせば
無数の足跡が現前化する。
「でも・・・か・・なしくて・・・。」
声無く宇宙に溶けた命たちが、聴こえる。
純粋な希望に瞳を輝かし生命を廃棄する人間が見える。
「こわく・・・て・・・」
そこで成された事実が。
「・・・にくく・・・て・・・」
それを止められず。
「くやしくて・・・」
何も知らず。
「はずかし・・・くて・・・」
それが人であることが。
「どうしようもなくて・・・」
憎しみと哀しみが永久に続くことが。
「いや・・・で・・・」
生まれゆくことが。
「ゆる・・・せな・・・い・・・。」
それが全て真実であるが故に
等しいことが。
「でも・・・」
遠ざかる真実の燈し火に手を伸ばすことを止めたくは無い。
だって、この火は、
私だけのものでは無いから。
「信じ・・・たい・・・・。」
真実を。
生きる意味を教えてくれた大切な人たちのために。
大きな掌のような愛情を注いでくれたお父様のために。
事実を知ってもなお受容してくれた半身と友のために。
そして、共にあることを望みとしてくれたアスランのために。
夜が明ける。
地平線を光の粒が滑らかに散り
淡紅色の雲に金色が差す。
星の瞬きは蒼に溶け
大地に豊かな色彩が萌芽する。
暁の世界が息吹く。
カガリはアスランの胸にあてた掌をぎゅっと握り締め、
降り注ぐ眼差しに応えるように真直ぐにアスランを見た。
瞳に自分が映っているという奇跡に涙が零れる。
頬を伝うそのあたたかさは、
アスランのぬくもりにあたためられたのだと知る。
「でも、私はっ・・・。」
声に、頷くあなたがいる。
「私はっ・・・。」
だから、伝えたいんだ。
想いを。
言葉を紡ぐだけ、
立っていられない程息が止まる程胸が痛いけど。
でも、伝えたいんだ。
「・・・出会えて良かった。」
「お父様に・・・、みんなに・・・」
「キラに、ラクスに・・・。」
ぐっと瞼を閉じて涙を落として、
瞼を開いた先であなたを見たい。
曇りない瞳で、いまここにいるあなたを見たい。
「アスランに・・・出会えて良かった。」
信じたいんだ。
「だから、わ・・・。」
嗚咽で乱れる呼吸、
それでも沢山息を吸い込んで。
潰れた胸に空気を孕んで、
言葉を紡ぐ。
「私は・・・っ。」
「うまれてきて・・・よかっ・・・っ。」
どんな理由で生まれてきても
私は私であるということ。
こうして生まれてきたから、
みんなと出会えたから、
だから今、
私はここに在るということ。
それは嘘にはならない。
嘘にはさせない。
真実に、するんだ。
「生まれてきて・・・よかったんだっ。」
頷くように微笑むアスランの仕草に
私の全てを受容する眼差しに
不器用な指先に
感情が芽吹いていく。
その感情の意味を教えてくれたのは
他の誰でもないアスランで、
名前をつけたのは私だった。
「生きていきたいっ・・・。
この、世界で。」
大好きな、この世界に真実を告げよう。
「だって、
私には、夢があるんだっ。」
その夢はもう私だけの夢じゃない。
「果たしたい誓いも、」
誓いの先に
「遂げたい願いも、」
願いの先に
「叶えたい望みも、」
望みの先に
「ここに・・・あるからっ!!」
そこにある未来で、
私は共にありたい。
「だから私は、
みんなと、共に生きていきたい。」
それが、真実だ。
だけど、真実はそれだけではない――
だから、そっと胸にしまい続けた真実に触れた。
ずっと、触れたかった、
伝えたかった、
聴いてほしかった、
アスランに。
だからカガリは背伸びをして
アスランの左耳にそっと唇を寄せた。
まるで真実にくちづけするように。
「・・・アスランと、
共に、生きていきたい・・・。」
瞳を見開いたアスランは、そのまま肩で泣き崩れたカガリを抱いて
海風に舞う金色の髪に頬を寄せた。
「ありがとう、カガリ・・・。」
低く掠れたその声はただカガリだけに届いて、
海風に溶けて消えた。
初めて重ねた
互いに胸の内に抱き続けてきた真実が
ひとつになる。
暁の世界で、瑠璃の闇と金色の光が溶け合うように。
しかし、
その真実はきっと今
この世界で実現することは叶わない。
愛することを生きる意味と言うことは
今は出来ない。
それでも、
ここに確かに2人の真実があるということが
光となって2人を照らす。
想いが、願いになる。
願いは燈し火になって
人を突き動かす。
だから、顔を上げて前を向ける。
同じ夢を描いて
共に生きよう。
誓いを果たし
願いを遂げ
望みを叶え、
描いた夢の先で
共にあることを約束しよう。
約束は人を縛るものではく、
想いを繋ぐものだから。