8-12 君に伝えたいこと



想いを抱えきれなくなった時
君がひとりになることを知っていた。
ウズミ様の墓前で声を殺して肩を震わせる君を見てきたから。



ポポの家出は、いつも突然だった。
アスランの目の前に現れて、
カガリのもとへ帰るように命じても頑なにアスランの傍を離れず、
無視をすればくちばしで袖を引っ張られた。
仕方なく溜息をついて
白い翼に先導されて向かう先はいつも、
カガリの愛してやまない父が永久に眠る場所だった。

苔の生した石段を登ると木々の間から宇宙が開けて瑠璃色の海を臨む。
その先の光景はいつも胸を刺す。
海に臨む小高い丘の上の白い墓石の前で
声を殺して肩を震わせる君がいるから。
石段の最後の一段に足を掛けたまま動けなくなる。
それ以上、君に近づくことを許せなかった。
過去に消えない傷を残したのは自分だから、
ひとりになると選択した君の意志を尊重したかったから、
近づけば君が泣くから、
それは全て真実だから。
だからアスランは背を向け、
カガリが戻るのを静かに待った。
想いだけを胸にしまって。



それはいつものことだった。

『アスランっ!』

朗らかな声がして振り向けばあまりに自然に笑うカガリがいる。
だからアスランも自然に応える。
カガリの気持ちに応えるために。

『家出の癖は、飼い主にそっくりだな。』

そう冗談交じりにポポを返すアスランの掌には鮮明に、
拳を握り絞めてついた爪痕が残り、

『どういう意味だ、それっ。』

 そう言って緩めたカガリの目元は痛々しくも涙で朱に染まっていた。



その度に、思い知らされる。
どんなに世界を創り続けても
今の君の哀しみをどうすることも出来ないのだと。
今の君の頬を伝う涙を拭うことも、
瞳の奥で待つ次の涙を止めることも出来ないのだと。

あの時、
本当はどうすれば良かったんだろう・・・。

違う。
そう自分に問うのは既に手の中にある答えを答えとして求めているからだ。
自分の望みが答えとなることを求めているからだ。
君の傍にいればよかったのだと。
君を抱きしめて、涙を拭えばよかったのだと。
心が折れそうな君を。
あまりに重く大きなものを背負う君を。
篤く優しい君を。

君は強い人だから。
行き場の無い感情の行き場を与え
その全てを受容して乗り越える。
たったひとりで。
だから、君を信じて待つことができる。
今ここにいる君を護りたいという身勝手な感情を
掌の内に閉じ込めることができる。



でも、今だけは――



君は強い人だから。
あのまま君を待てば君が還らないと思った。
強く尊い燈し火を失うと、
そう思った。
だから君の手を引いて
拒む君を閉じ込めた。
きっとまた俺は君に傷を残す。
そんなこと、分かっている。
それでも、君を護ることを選んだ。
自分自身を許した。
だから俺は君を護り抜く。



カガリ。

君に伝えたいことがあるんだ。

どうか、聴いてくれないか。

真実を。

想いを。





「カガリ。」

低く掠れたその声は微かに震えていた。
身を揺らしたカガリの瞳から落ちる涙は
まるで砕けた希望のように儚く散った。

「カガリに会えて良かったと、
今でも思う。」

4年前、君に告げた真実は
今も変わらずこの胸にある。

「だから俺は、
カガリが生まれてきてくれたことに
感謝している。」

たとえ君がフリーダム・トレイルによって生み出された
奇跡の子どもであっても。
君が生まれるために無数の命が消されたことが
事実であっても。

「どんな理由で生まれてきても、
君は君だ。」

ここにいる君は
かけがえのない存在だから。
強く尊い、
光だから。

「だから、望んでいい。」

望んで欲しい。

「今も、これからも。」

ずっと。

「望めば叶う、
そんな世界を、俺が創るから。」

誓うから。

君の傍にいられなくても。
歩んだ先で君と結ばれることが無くても。

「俺は、同じ夢を描いて
カガリと共に生きたい。」

ただ、
君と共に生きたい。
この世界で。

「それが俺の願いだ。」

「だから。
俺はカガリを望む。」

君を。

ただ、
君を望む。

「それが俺の
真実だから。」

この真実は、
永久だから。
 


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Chapter 8       blog(ヒトリゴト)
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