8-11 護りたい、その想い
抱き続けた想いが
重なっていた事を
2人は知らない。
今抱く感情さえも
重なっている事を
2人は知らない。
耳を澄まさなくても鼓動が聴こえる。
世界で一番尊い音色が聴こえる。
呼吸する度に香の懐かしさに
息が止まりそうになる。
鼓膜を叩くような鼓動に
熱が呼び覚まされる。
身体が覚えていると応える。
ぬくもりは愛しさの深さだけ胸を刺す。
その痛みさえ
愛しいと思ってしまう。
1秒ごとに重なっていくタブーを犯して
カガリはアスランに抱きしめられたまま動けなかった。
求め続けていた腕の中で、
込上げる想いが全身を駆けるようにカガリを震わせる。
アスランの沈黙はあまりに雄弁で
言葉にしなくても聴こえてくる。
その声に心が呼応する。
生まれる前から敷かれていた軌跡も
軌跡を辿る真紅の足跡も
遺伝子に刻印された宿命も、
父の掌も、
あなたへの愛しさも、
全てがこの胸に抱えきれず零れ落ちていく。
「・・・アスラ・・・。」
無意識に動きかけた唇を
カガリは浅く噛んで飲み込んだ。
――アスランは優しすぎるから
――いつも自分を後回しにするから
――今ここで私が言葉にすれば、
私の分まで背負うんだろう・・・?
――そしたらまた、
アスランの自由を奪うことになる・・・。
今ここで抱えきれないものがあるなら
ひとりにならなくはいけない。
そうやって、カガリはアスランを護ってきた。
想いを言葉にすることも
触れることも、
全て縛めて。
アスランの夢と
それを叶える為の自由を
護り続けてきた。
護ることだけが
愛することだった。
――だから、私は
震える拳で懸命にカガリはアスランの胸を叩いた。
――ひとりになるんだ。
2年前、手を離したのは自分なのだから。
「放せっ、放してっ!」
――振りほどかなきゃっ、
私たちは離れなくちゃいけないんだっ。
胸を叩く度に、心が打ち砕かれるように自分の胸が軋んでいく。
「大丈夫だっ。
私は大丈夫だからっ!」
言葉は無くても、
ただ黙って抱きしめる腕の強さから、
背中に感じる掌の優しさから、
嘘でも夢でも過去でも無い
今のアスランの意志の深さを感じて涙が零れる。
喜びに、
あまりに素直に身体が応えていく。
「だからっ・・・、
だからアスランっ!」
――護りたいんだ、アスランを・・・。
だからっ。
触れ合った胸から鼓動が共鳴するように想いが染込んでくる。
アスランの沈黙に耳を塞ぐようにカガリは首を振った。
それでもアスランを求める自分がいて、
抗えない感情にカガリは悲鳴のような声をあげた。
「やっ・・・駄目だっ!
はなして、アスラン・・・っ。」
その瞬間、
カガリの胸を強く鼓動が打って
喉元まで突き上げた問いに、咄嗟に左手で口元を押さえた。
掌を押し付けても嗚咽は堪えきれず、
ぬくもりから逃れることも選べず、
止まらない感情と一緒に溢れる涙をどうすることも出来なかった。
「っ・・・、んっ・・・。」
押さえつけるような声が掌の隙間から零れる。
自動的に、思考が言葉に変換されそうになるそれを制御できない。
想いと共に言葉を飲み込む。
そうしなければ、止めることは叶わないであろう。
喉元まで突き上げた残酷な問いを。
――コーディネーターは、何故
――どうして、人は
飲み込んだそばから胸を貫く問いの刃の痛みに耐えるように
カガリは瞼をきつく閉じた。
しかし、閉じた瞼に映るもう一つの問いに
カガリの瞼が跳ねた。
――どうして、
生まれてきた
――どうして、
生きている
――それを、
誰が許せる・・・
残酷な問いは瞳を開けば他者へ向けられ
閉じれば自己へ突き刺さる。
決壊しそうな心を抑えこむように右手を握り締めた拍子に
唇に広がる血の味に息が止まる。
その感覚は、今この瞬間も生成され続ける命を
あまりに生々しく迫る。
ここで自分が生きながらえていることを。
罪の足跡を遺して。
憎しみと哀しみの淵源で。
その瞬間カガリの瞳に映る世界は
眩暈のように白濁した。
「カガリ。」
感じた左手の熱だけが、世界とカガリを繋ぎとめていた。
そのぬくもりだけを頼りに
残光のような色彩を手繰り寄せれば、
言葉と想いを塞き止めるように口元を押さえていた左手を
アスランに取られていたことを知った。
意志を持って絡められた指先が熱を持ってカガリに伝える。
ここに、アスランがいるということを。
耳を塞いでも聴こえる声を、
瞳を閉じても感じる眼差しを、
その、意味を。
逃れられないのではない、
逃げたくない。
そこに真実があるから。
アスランがいるから。