8-10 瞼の裏、視線の先
ウズミの書斎に据えられたソファーで
キラとラクスは寄り添いあって目を閉じていた。
まるで、時の音に耳を傾けるように。
キラは徐に胸に手を当て
切なく表情を歪めた。
胸の内に、凍てつくような冷たさと
血が滲むような痛みを感じていた。
それはカガリの心と共鳴しているのだと、
キラは感性的な確信を抱いていた。
ラクスは瞳を閉じていたにも拘らず
応えるようにキラの手に自らのそれを重ねた。
キラは苦味を帯びた笑みをラクスに返し
小さな溜息を漏らした。
「ねぇ、ラクス。」
「はい。」
「僕が地球へ還ろうとした時、」
それは、キラが自らの命を絶とうとした時。
「カガリはどんな顔してたのかな。」
ラクスは視線の先に当時を思い描くように応えた。
「陽の光のような笑顔を浮かべておりました。
心から。」
キラはふっと目元を緩めた。
「そっか。カガリらしいな。」
――"誰かの幸せを願うなら、自分も笑っていたい。"
きっと、カガリならそう思うんだろうな・・・。
キラは苦味を飲み下すようにゆっくりと息を吸い込んだ。
「ですから、わたくしたちも。」
そう言って微笑みを浮かべたラクスに応えるように
キラもあたたかな微笑みを浮かべた。
「きっと、カガリとアスランの方が難しいんだ。」
カガリはナチュラルで、
アスランはコーディネーターであること。
それは、覆しようの無い事実だ。
フリーダム・トレイルが創つくられたことも、
沢山の尊厳が踏みにじられ
命の光が消されたことも、
コーディネーターが犯した罪である。
カガリが、
コーディネーターへ憎悪や哀怨の念を抱いてもおかしくない。
人種に囚われず、
その人の本質を見詰める瞳を持っていたとしても。
また、その視座でメンデルの事実を見れば
感情の矛先はコーディネーターではなく
人類そのものへ向けられることになる。
人類は、
底知れず愚かで
邪悪な存在であるのだと。
それだけでは無い。
フリーダム・トレイルという道から外れ
血の足跡を残して消された子どもたちの思いも
きっとカガリにならわかるのであろう。
スーパーコーディネーターと共に産声をあげたナチュラルの子どもという
この不幸な偶然を、
恣意的に敷かれた道筋を
生まれてくる子どもは選べない。
そして、フリーダム・トレイルから道を逸れているにも拘らず
自分だけが生き残り
今も鼓動は胸を打ち
血潮は粛々と流れている。
「きっと、許せないよね・・・。
哀しいよね・・・。」
それでもカガリは
生きることを望むことが出来るのであろうか。
生きる意味を信じることが出来るのであろうか。
「僕はね。」
キラは強くラクスを抱きしめた。
「ラクスが真実を伝えてくれたから。」
その言葉は今でもキラの胸に焼き付いている。
『わたくしは、キラを愛しています。
それがわたくしの真実です。』
――想いを差し出すように、
両手を広げて君は僕を包んでくれたから。
「だから僕は、
僕の真実を信じることが出来たんだ。」
キラは腕を緩め、最愛の人の頬に手を添えた。
澄んだ泉のような瞳に自分だけが映っている
その奇跡に泣きそうになる。
そして、キラは真実を告げた。
「僕の生きる意味は、ラクスを愛することだって、
信じることが出来たんだ。」
「キラ。」
ラクスは頬に添えられた手に自らのそれを重ね
愛おしく指を絡めた。
「でも・・・。
カガリとアスランは
僕たちとは違うんだ・・・。」
そう言って、キラは瞼を伏せて頬に影を落とした。
2人の胸の中にはきっと
その真実があるのだろ。
しかし、それを告げることを
2人は許すのだろうか。
ずっと想いを縛め続けてきた2人が
互いの真実を結ぶことを許せるのであろうか。
「ですが、アスランでなくてはなりません。」
ラクスの声が凛と響いた。
「そうだね、アスランじゃなきゃ、
だめなんだ。」
生まれる前から負わされた宿命も
遺伝子に記された軌跡も、
そこでなされた哀しみも
消え去った未来も
届かなかった声も、
こみ上げる感情も
あたため続けた想いも、
全てを受け止めるために。
真実を、
見つけるために。
真実を、
信じるために。
「カガリにはアスランが必要なんだ。」
ラクスはキラの手を取ると、
祈るように包み込んだ。
「信じましょう、
お二人を。」
その声は未来へ続くような響きを帯びていた。
「そうだね、ラクス。」
そう言って、キラは胸の内の痛みを押して微笑んだ。
自分が死を選んでも直、
陽の光のような微笑を絶やさなかった半身を思い描いて。
『キラは生まれてきて良かったっ!
私は、キラと出会えて良かったっ!
キラと兄弟で、良かったっ!』
――カガリ。
あの時僕は、カガリの言葉を否定したけど。
――でも本当は、凄く嬉しかったんだ。
『私たちは、
ひとつの命を分け合って生まれてきた。』
――僕たちは、ひとつなんだ。
違っても、同じなんだ。
『私は、この世界を愛している。
そして、この世界に、
キラと一緒に生まれてきたことを、
幸せに思う。』
『私は、この世界で、
キラと共に生きていくことを、
望む。』
――カガリ。
その言葉を今度は僕が君に贈るよ。