7-9 Be Cool!



PCの前に座ったシンは、
「くっそおぉぉぉぉっ!!」
めちゃくちゃに髪を掻き毟ると机に突っ伏した。

見かねたルナはわざとらしく溜息をついた。

「ちょっと、シンっ!
休んでる暇なんて無いんだから、
しっかりしなさいよっ!」

「そうだぜ、シン。
俺まで事務作業やってるんだからよ。」

とヴィーノはぐるぐると肩を回した。

「そうよ、
ヴィーノなんかエンジニアなのに借り出されてるんだからっ!
まったく、ディアッカったら、
ヴィーノがメイリンの代わりだって、
全然捗らないっつーのっ!」

「ルナ、何気に酷いから・・・。」

本当の事なだけに、ヴィーノはがっくりと項垂れた。
が、ルナが当たり前に“メイリン”の名前を口にする事に
ほっと安堵を覚えたのも確かであった。

 

シンとルナはキラを追ってプラントを発ったラクスを見送った直後、
隊長であるイザークから緊急集合がかけられ
久方ぶりの休日は強制的に無期限延期とされた。
戻った2人に課せられたこと、
それは締め切りが1ヶ月先であった起案を全て提出することであった。
期日は3日以内。
イザークから指示を受けた時、
シンもルナも正直無茶苦茶だと思った。
しかし、ディアッカの一言にやられたのだと、
今だから思う。
もし、過去に遡ることができるなら、
あの時の自分たちに言ってやりたい、
“Be Cool!”と。
しかし、時計の針が逆回転することも
言ってしまったことを口の中に戻すことも
現実には叶わない。
そして、
今目の前にある仕事の山こそが
現実なのである。

 

ルナはシンの肩を叩き、
「ほらほら、起きてっ!
急がなくちゃ、また隊長に鼻で笑われるわよっ」
耳元で叫んだ。

ヴィーノは、ルナの“また”というフレーズに反応し、

「何?前にもあった訳?」

聞き返されたルナは、たはーっと溜息をついた。

「そうなのよ・・・、
私もシンも徹夜で報告書仕上げたのよっ!
なのに隊長ときたら3秒目を通しただけで、
“馬鹿か、貴様ら。”
で、突っ返されたのっ!!」

ヴィーノは、ルナの話の内容よりも
百面相に吹き出しそうになるのを必死で堪えた。

――今笑えば、間違いなくルナに殴られる・・・

そんなヴィーノの心の声はルナに漏れ聴こえることは無く、
ルナはヴィーノの肩を掴んでぐらぐらと揺らした。

「ねぇ、酷いでしょっ?
酷いでしょっ?」

ルナの訴えに返ってきたのはヴィーノの慰めの言葉ではなく、

「酷ぇよ・・・。」

シンの呻き声のような言葉だった。
その不気味さに、ルナは引きつった笑いを浮かべて
恐る恐る声をかけた。
「・・・シ・・・ン・・・?」
顔を上げたシンの目は、据わっていた。
――こっ、恐えぇっ!!
瞬時にシンと距離を置こうと結論付けたヴィーノは
シンに肩を掴まれ退路を絶たれた。
「シっ、シン・・・、あんま気にするなって。
なっ?」
努めて明るい声で話しかけたヴィーノに非は無い、
その場に居合わせた
それがヴィーノの不幸であっただけで。
「気にするなぁ?
じゃぁお前は気にしねぇのかよっ、
コレを突っ返されてっ!!!」
と、ヴィーノの眼前に突きつけられたのは
シンの作業中の画面だった。
朱字で埋め尽くされた画面に
ヴィーノはぽかーんと口を開けて
「何、コレ・・・。」
と、ルナの方を見たが
ルナは肩を竦めて首を振るばかり。
「これはなぁ・・・。
俺が提出した起案だよ・・・、
これ書くのに、どれだけ時間かかったか分かってんのかよっ、えぇ?」
今のシンは説教癖の酔っ払いよりも遙かに性質が悪いと判断したヴィーノは、
「やっ、シン頑張ったってっ!
でも〜、ほらっ!ジュール隊長、厳しい人だからさっ!」
ひくひくと引きつる口角を懸命に挙げて
和やかに丸めようとした。

しかし。

「イザークじゃねぇよ・・・。」
シンの、底から響くような声にヴィーノは本気で逃げたくなった。
「あいつだよ・・・、アスラン・ザラ・・・。
修正訂正が丁寧すぎてムカつくんだよぉっ!!」
シンは朱字で書かれた文字を超絶なスピードで読み上げだした。
「“改行”、“誤字、正しくは・・・”、“データを最新版に改定、格納場所は・・・”、“資料の拠出が不明瞭、・・・を参照のこと”、“妥当性を持たせるために、さらに3事例挙げること。参考までに・・・”、“整合性無し”、
“昨年度の起案第・・・号を参照のこと”、“改行”、“客観性を持たせるために、・・・のデータを追加すること”、“隊長と同程度の画像資料を貼り付けること、格納場所は・・・”、“CE.48年初頭を1月28日に修正”、“,を・に修正”、“ストイコビッチ教授は先月名誉教授へと昇格したため、経歴を修正のこと”、“今月20日に改定予定の要綱に逸れるため削除”、“誤字、正しくは・・・”、“AnnではなくAnne、ご本人確認済み”・・・」
一言も一語も噛まずに読み上げ、仕舞いには笑い出したシンに
ヴィーノは涙目で首を振ることしか出来なかった。
「・・・“昨日改定となった文書事務例規に従い、この表示は・・・に変更”って・・・・・・
オーブ軍の准将は、
ザフトの赤より
ザフトを知ってるのかよっ!!!」
ヴィーノはシンに胸ぐらを掴まれた。
「だったら・・・
自分で書きやがれっ!!
アスラン・ザラァっ!!!」
キレたシンを慰められるのはルナだ、
とばかりにヴィーノはルナに視線を向けた。
しかし、そこに居たのは優しい微笑みを浮かべるシンの恋人ではなく
「そうよっ!!!
文句言うなら自分で書けっつーのよっ、
イザーク・ジュールゥっ!!!」
怒髪天を衝く鬼の形相をしたルナで、
――助けて、メイリ〜ン!!!!!
ヴィーノの心の叫びは
白い天井に溶けるのだった。

 


超絶なスピードで奏でられるタイピングの二重奏。
ディアッカとイザークは恐らくザフト屈指の軍人であろう、
頭の切れが違いすぎる。
それが悪目立ちしないのは、
彼等が能力を発揮する時が
瞬きをしたら見逃すような、
絶妙な一瞬だからだ。
そしてもう一点、
プラントが誇る蒼き翼の異名を持つキラ・ヤマトの存在があるから。
ディアッカに言わせれば、
“キラが勝手に目立ってくれるから?俺等は自由に動けるって訳“。
そして今回もその瞬間を見逃すイザークとディアッカではなかった。
キラに起因する事態がもたらした混乱と収束までの
浮き足立つこの瞬間を狙って、
ジュール隊の全ての行動計画を通し尽くす。
少し考えれば分かる程度の緊急性を持たせれば、
通常よりはるかに低いハードルで上官の審査をパスすることが出来、
同時に事態の収束に充当されることも避けられる。

「チっ。」
イザークは舌打ちをした。
「委員会が動くの、予定より早かったな。」
今回の一件を担当する評議会直属の委員会を乗せたシャトルが
プラントを発ったとの情報を目にして、
ディアッカはふーっと息を吐き出した。
「行動計画、さっさと出しちまった方が賢明だぜ。」
「あぁ、事が事だからな。」
イザークはアイスブルーの瞳を細め、
エスプレッソを一気に煽るとPCの画面に戻り
さらにスピードを加速させた。

命令に従うのではなく、
プラントの最善の利益のために戦う、
それがジュール隊の信念であり、
己の信念を貫くための
自由と力を、
己で勝ち取る力こそ
ジュール隊の強さだった。


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