7-10 会談にて



「ようこそお越しくださいました。」

オーブの代表団を迎え入れた地球連合軍月基地の総責任者である
ウォルト・ラフォージ総督の第一印象はチェロのようだと
カガリは思った。

 


事件発生から時間は限定されていたにも関わらず
オーブの事前準備は寸分の隙を与えることが無い程完璧であった。
歴史により培われた交渉力、
時間と人力の限り尽くされた努力、
そして胸にある潔白が、
オーブの外交官に毅然とした態度をもたらした。
それでも、
誰もが難しい会談になるのだと思っていた。
場合によっては、この会談の拗れが
明日の政治摩擦に、
近い未来の戦争の種火になるのではないか、と。

 


カガリの目の前にいるラフォージ総督は
黒縁メガネの向こう側で柔和に目元を緩めていた。

「オーブ軍が執った行動は、
クライン議長よりの要請に則ったものであった、
それがこちら側の認識です。」

チェロのように長い波長で響く声は、不思議と聴く者の心を落ち着かせていく。

「しかし、ヤマト隊長が搭乗されていたMSに関係を持つMSが
我が戦艦を討ったのは確かな事実であり、
従って直接行使したMS及び容疑のあるMS、
つまりヤマト隊長の搭乗するMSを追撃することは
国際法及び慣習法に逸脱した行動であったとは考えられません。」

その言葉は至極冷静で妥当であったと認めざるを得ない。
キラに容疑がかかることは状況からして避けられず、
その容疑を晴らし潔白を証明することはオーブの役割では無いのである。
それをすべきなのも、それが出来るのも、プラントだけなのであるから。
オーブは政治的中立の姿勢を保ちながら事実を語ることしか出来ない。
しかし、持っている事実のカードをどう切り、どう提示するか、
その自由によって事実は剣にも盾にもなる。

ラフォージ総督の問いが幕僚長へ向けられると、
幕僚長からの目配せを受けてアスランが回答した。

「ヤマト隊長が搭乗されたMSを含めた2機のMSが地球連合軍と交戦していた事実は
オーブ軍月基地より情報が伝達されておりました。
交戦に至った経緯、因果関係は不明であり、
クライン議長よりの要請であるヤマト隊長の生存の確保及び機体の収容の遂行を優先させました。」

アスランの回答は、国防の見解に裏付けられた当時の判断であり
そこにカガリが国としての態度を示す言葉を加える。

「優先させるべきは生存の確保であり、
ザラ准将の執った判断および行動は妥当であったと考える。
そして、国際法に抵触する行為が確認されれば、
オーブはヤマト隊長及び機体を引き渡す用意がある。
この一件に関して、オーブはその理念に従い、政治的中立を貫くことを誓う。」

カガリの射抜くような強い眼差しを受けたラフォージ総督は
一拍思案するように顎を引くと再び目元を緩めて次の確認事項へと移った。



「オーブ制空域と我が地球連合制空域境界線上で成された
我が軍よりの攻撃は全て、ヤマト隊長へ向けられて行われたものと
当方は確認しております。
先にも申し上げた通り、
オーブ軍の執った行動は全てクライン議長の要請に従ったものであり、
さらにオーブの外務省、国防、オーブ軍月基地より事前通告を受理していたことは事実であり、
且つ、当方の制空域にザラ准将が侵入した際も断続的な通告を行っていることが
記録されております。
以上により、私は地球連合軍月基地総督として
オーブに攻撃を加えることを不許可とする指令を出しました。」

ラフォージ総督はゆったりと呼吸を整えると、
変わらず穏やかな口調で続けた。

「当方の攻撃がオーブ軍へも向けられていたと判断されるのであれば、
ヤマト隊長とザラ准将のMSが互いに接近していたためであり、
先程申し上げた通り、我が軍がオーブ軍に危害を加える意志行為を
遂行するような命令は出されておりません。」

と、結んだラフォージ総督の口元に、
カガリは感覚的に違和感を抱いたが
それは嫌な感情を伴うものではなく
むしろ突然滲んだ優しさのように見えた。

一方アスランは、ラフォージ総督の表情の機微から理由を読み取った。
恐らく、彼は言葉を飲み込んだのだと。
同じ表情を少なからず、アスランは“軍”という組織において目にしてきたのだ、
ザフトで、
オーブで。
そして、胸に支える様な鈍い痛みを
同じく抱いた経験があった。

 


会談は全てが慎重に、
丁寧に、
そして円滑に進められた。
オーブの代表団は確認されていく事実を積み重ね、
オーブと地球連合の関係性についた傷は、
すぐに瘡蓋が出来て消えるような
かすり傷で終わろうとしていることに安堵した。

会談の終了と同時に互いを縛るような緊張はブレークし
和やかな空気に包まれた。
会談後の会食の時間になれば酒も手伝ってか、
まるで弾けたビリヤードのように、おのおのが表情を緩め自由に振舞いだした。
こうして同じ食べ物を分け合い
“私は”と、互いが一人称で語り合い笑い合えば、
これまで互いを分け隔てていた
“地球連合”も“オーブ”も関係無くなるのだと、
カガリはこの光景に目を細めた。

と、視界の端にまるで気配を消したようにひっそりと酒を呑んでいるフォージ総督を見つけ
またしても違和感を抱いた。
何故ならば、彼の周囲に地球連合の制服のグレーの色彩が見当たらないからだ。
周囲が彼を避けていると言うよりも、彼が周囲をかわしているような。

――気になるな、あいつ。

カガリはラフォージ総督の方へと足を向けようとしたが
途絶えることの無い地球連合軍の高官や官僚によって阻まれた。
凛々しい微笑みを浮かべながら各人に挨拶を交わしていくカガリが
次にラフォージ総督を映した時には
隣に思わぬ人物が居た。
それは、アスランだった。

――あぁ、そうか・・・。

カガリは、小さな引っ掛かりが胸の内を擽りながら落ちていくのを感じた。
ラフォージ総督は似ているのだ、
アスランの纏う深海のような空気と。

――気が合ったりして、な。

カガリは一人小さく笑った。
 


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