7-11 酔っ払いのうわ言




「ラフォージ総督。」

アスランの呼びかけに、ラフォージは柔らかな笑みを浮かべると

「ザラ准将は白でいいかい?」

と、ウェイターから2つのワイングラスとボトルを受け取ると
ゆったりとした手つきで注いだ。

「自分は」

と断ろうとしたアスランであったが、

「君は、酒が弱い訳が無いだろう?」

その言葉の裏に父の存在が透けて見えたようにアスランは感じた。
パトリックがワインをこよなく愛したことはプラントの政界においては有名な話であり、
地球連合で幾度と無く会談を行ったことから考えれば
ラフォージがその事実を知っていても不思議な話では無い。
何時もであれば父の存在を示唆されれば少なからず感情が揺れるはずであるのに、
何故か
アスランは嫌な気持ちが起こらなかった。

「では、少しだけ。」

アスランはグラスを受け取り
互いにグラスを軽く挙げてワインを味わった。

フルーツの香が泉を吹き抜ける風ように
瑞々しくも軽やかに口内に広がり、
砂時計の中の金色の砂が落ちていくように
微かな甘さがゆっくりと浸透していく。

「ゆっくり呑みたくなりませんか?」

黒縁メガネの奥で細められた目は優しく穏やかで、

「はい、そう思います。」

自然と、アスランの気持ちもほぐれていく。



「言付けを預かってきました。」

アスランの言葉にラフォージは、
「ムゥ、かな。」
紡がれる言葉を先回りした。

「はい。」

アスランは頷き、ムゥの言付けを一字一句違わずに伝えた。

「“相変わらず働きすぎてるんだろう?
休みついでに会いに来いよ、可愛い妻とベイビーを見せてやるぜ。”」

ラフォージはムゥの姿が目に浮かび、笑い出した。

「ムゥさんとは同窓であると聞いております。
昨年の結婚されたことは。」

アスランの問いに、ラフォージはワインで喉を潤してから答えた。

「あぁ、噂で聞いたよ。
地球連合軍が誇る屈指のマドンナ、マリューを射止めたってね。
そうか、子どもが出来たのか。」

何処か遠い目で、窓の向こう側の景色へ目を向けたラフォージから
アスランは、ムゥとの間の友情の篤さと隔たりすぎた時間を感じ取った。
同時に、ムゥにある幸せをラフォージは失ったのではないかと、
直感的に思い話題を転換させた。
言付けは1つでは無かったから。

「それから、もうひとつ。
“さっさとEPUへ行っちまえ”と。」

アスランがムゥの言付けを伝えると、
ラフォージは困ったように眉尻を下げて、ワインを廻すようにグラスを傾けた。
話題を転換させるのは、今度はラフォージの方だった。

「僕は、酔ってしまったようだよ。」

まだワイングラスを半分ほどしか開けていないラフォージが酔うはずは無く、
つまりそれは公から私へ切り替える合図、
そう見受けたアスランは口元をほころばせ、

「総督は、お酒はあまりお強く無いと、ムゥさんから聞きました。」

アスランは調子を合わせた。
ラフォージは柔和な笑みを浮かべると、

「この場は無礼講。総督ではなく、ウォルトでいいよ。」
アスランに向かってグラスを傾けると、
「では、俺のことはアスランと。ウォルトさん。」
アスランもウォルトへ向かってグラスを傾けた。

「乾杯。」

2度目の乾杯。



ウォルトは一口、ワインで喉を潤すと
視線を遠くに馳せながらアスランに告げた。
会場の喧騒に紛れて、隣にいるアスランにしか聴き取れない程の声で。

「君は、完璧だったよ。」

その言葉に驚き、アスランはウォルトに向き直る。
ウォルトは視線を変える事無く
まるで独り言のように続けた。

「アスラン君、君が地球連合の制空域に侵入してストライクを庇った時
君ごと撃ち落すつもりの輩がいた・・・
いや、あの場にいた者の殆どはそのつもりだったと言っても過言では無い。
不幸な偶然によって通信障害が起きて、
君の警告も、クライン議長の要請も、僕の命令も、聞くことが出来なくて、ね。」

明かされる真実に、アスランは表情を隠すようにワイングラスに唇を寄せた。
先の会談での総督として示した見解は、
あの攻撃は全てキラに向けられたものであるとされたが、
それが異なった真実であったことをウォルトは知っていたのだ。

――だから、会談の際に、何かを飲み込んだような表情をされたのか・・・。

アスランはそう思いながら、
黙ってウォルトの“酔っ払いのうわ言”に耳を傾けた。

「地球連合には、大なり小なりコーディネーターを憎んでいる人間がいるのだよ、
その数は少なくない。」

その言葉に、アスランは地球連合制空域で向けられた容赦の無い攻撃を思い浮かべた。
地球連合からの攻撃に、確かにアスランは防衛を超えた意図と感情を感じていた。
それは、2度の戦争で感じた人間の憎しみと変わりない肌触りのものだった。

「でも、それが全てブルーコスモスだと言ったら
それは真実ではない。」

「はい。」

即答したアスランの声に奥行きを感じ取ったウォルトは、
笑みを深めてワインを一口味わい、続けた。

「そして、このように事態が丸く収まる事など、
本当に稀なことだ。
君のお陰だよ、アスラン君。」

突然出された自分の名前に驚いて目を瞠ったアスランに、
ウォルトは冷静に応えた。

「君の対応は完璧だった。
君の攻撃こそ、完全な防衛だけを意図したものであったことは、
撃ち方、その数から見ても明白だ。
流れ弾によってこちらが被弾しないように細心の心配りさえ見られた。」

ウォルトは瞼に映像を描きながら続けた。

「あれだけの戦艦とMSからの攻撃をかわし、相殺しながら、
ヤマト隊長を庇い、ヤマト隊長と交戦し、
それと並行して、断続的な警告と協力要請を続ける。
脱帽だよ。」

そしてウォルトは総督としての表情を垣間見せた。

「交渉の場において、相手の弱みを突いてこちらの利益を拡大させることは定石だ。
だが、君の対応から非を見付け出すことは困難だった、
故に僕は、この会談を円滑に終えることを最善とした。」

アスランはその言葉の裏を読み取り、背筋に冷たい汗を感じた。
オーブに取り付く島が無いのなら、

「クライン議長に詳細を問う、ということでしょうか。」

あの空域で、全ての責任を負うと声高に宣言したのは、ラクスであったから。
ウォルトは、自分の思考を読み取るアスランに何処かくすぐったさを感じた。

「そう、なるね・・・。」

アスランの感情を察して、ウォルトは苦味を帯びたような表情を見せた。

「“責任を負う”と、
その言葉を信じたのだよ、我が軍は。
そして、この一件で吹き出した感情をオーブにぶつけることが出来ないとなれば、
我が軍も、そしてナチュラルの多くも、
感情をプラントに向けるしか無いだろう。
殺されたんだよ、
コーディネーターに、
我が軍の人間が。」

それは人間の感情の問題で、

「そして、この一件の発端も非もプラントにあるのだから、
当然の成り行きだ。」

それは妥当な判断だった。



アスランは胸の内で、今更ながら自分の至らなさに憤りを感じていた。
メンデルの一件を抱えている以上、
プラントと地球連合の関係は、
さらに視野を拡大すればナチュラルとコーディネーターの関係に
どんな些細な波も立てずにおくことが最善であることは分かりきっている。

――それなのに、俺はもっと早く、
   いや、未然に防げなかったのかっ。

ワインを静かに煽ることで表情と感情を隠したアスランであったが、
ウォルトは横目でそれを見ながら肩を竦めた。

「オーブは良くやったよ。
アスハ代表の言うとおり政治的中立を貫くなら、これ以上は踏み込めない。」

そしてウォルトは真直ぐにアスランに向き直った。

「それが、限界ということだよ。」


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