7-12 EPU
“限界”というフレーズに、アスランは薄く瞼を閉じた。
この短期間で痛いほどに感じていたのだ、国家の枠という“限界”を。
護りたいものを護るためには、
時に国家の枠は狭すぎる。
時を重ね関係性を広げる程、
その枠が邪魔にすらなることすらある。
この会談で、キラとラクスを限定的にしか擁護できないように。
「だからアスラン君、」
ウォルトの声にアスランは顔を上げた。
そこには柔和な笑みは消え、
黒縁メガネのレンズの奥に強い眼光を宿していた。
「君は、EPUへ行くべきだ。
今すぐでなくとも、時が来たら。
迷わずに、行くべきだ。」
アスランは静かにウォルトの眼差しを受け止めた。
――EPUへ行く覚悟はある。
だが・・・。
「アスラン君の律儀さは、時々仇になるようだね。」
と、ウォルトは吹き出して笑った。
「そのようですね。」
と、アスランも困ったように笑った。
アスランはグラスを空けたウォルトに慣れた手付きでワインを注ぎ、
ひとしきり笑った喉を互いに潤しながらウォルトは続けた。
「君の愛機は、」
アスランは、紅ではなくジャスティスのことを指しているのであろうと読み取った。
「今は抑止としての役割を果たしている。
フリーダムと共にね。
でも、フリーダムはその威力を半減させた。」
「ヤマト隊長がクライン議長と婚約されたから、でしょうか。」
アスランの答えに、ウォルトは小さく頷いた。
「ヤマト隊長がEPUに行くことは、事実上不可能になったからな。
クライン議長の夫となれば、
ヤマト隊長がEPUに属することに大きな政治的意味が加わってしまう。」
「つまり、EPUの政治的中立性が損なわれる、ということですか。」
平和構築と平和維持のために設置されたEPUには、政治的中立性が要求され、
現在はそれが忠実に護られている。
「彼がどんなに優秀で
彼がどんなに平和に貢献できる力を持っていたとしても、
彼がクライン議長の夫である限り、
地球連合は、ナチュラルは、
素直に認めることは出来ないだろうよ。
プラントとEPUは裏で繋がってるって、誰だって疑う。」
呟いたアスランの言葉は遠く響く。
「疑いが人の不安を煽り
哀しみを呼び起こし
憎しみを生む。」
そのことを知っている。
同時に、
「幸せになる権利は誰もが等しく持っている。
その権利において、人は自由だ。」
そのことも知っている。
アスランの言葉にウォルトも同意を示すように頷いた。
「そう、だから僕はクライン議長とヤマト隊長の選択に
素直に祝福を送るよ。」
そう言ったウォルトの穏やかな表情に
アスランは彼が本心を語っていると感じた。
そして、続いた言葉もおそらく、本当なのであろう。
「そして、ブルーコスモスと類される人々も祝福しているよ。
これでEPUは脅威では無くなった、とね。」
アスランの脳裏に先程ウォルトが述べた言葉が甦る、
フリーダムは抑止力を半減させたのだと。
「だからこそ、僕はアスラン君に伝えておきたいと思ってね。」
ゆっくりと瞬きをしたウォルトは再びアスランに向き合った。
まるで何かを託すような、篤い眼差しで。
「もう一度言うよ、
君はEPUへ、行くべきだ。」
2度目の言葉に、
アスランは真摯な眼差しを返した。
「心に、留めておきます。」
オーブ本国へと帰還するシャトルのシートにつき
アスランは遠く宇宙へ視線を馳せた。
ウォルトがそうしていたように。
この会談が成功に終わったのは、
地球連合月基地の総責任者がウォルトであった点に助けられた事は否めない。
ウォルトの宇宙全体を捉え思考する視野の広さが、
地球を中心として世界を捉える地球連合軍の毛色とは異なった姿勢をもたらしており、
そのような人材の存在はアスランにとって心強かった。
一方で、
ウォルトと話せば話すほど、アスランの中でムゥからの伝言が強く響きだした。
“EPUへ行っちまえ。”
――ウォルトさんは、EPUで求められる資質と能力をお持ちだ。
それでも、EPUへ志願しない理由を語ったウォルトを
アスランは静かに思い描いた。
『僕は・・・地球が好きだから・・・かな。』
答えになってないか、
そう呟いてメガネを掛け直したウォルトの仕草には、気恥ずかしさが滲んでいた。
しかし、アスランはそれが本音なのであろうと思った。
眼前に無限に広がる宇宙、
そこに強く儚く輝く星々に命を重ねたアスランは
真直ぐにそれらを見詰めた。
メンデルの事実は、
キラやラクスやイザーク等だけで解決できる問題では無い。
しかし、それはもう一つの側面を示しているのだと
アスランは思う。
――あの事実にさらされれば犠牲者が出ることは分かっている。
しかし、自分たちだけで完結していい問題でも無いのではないか。
何故ならそこには、
コーディネーターが
そして人類が抱える問題の深淵があるから。
だからこそ、この問題は人類で解決すべきなのだと。
国も、人種も、政治も思想も宗教も、
――全て越えて。
それはアスランの予感だった。
これから、EPUが重要な役割を果たすことになるのであろうと。
そして、
キラとラクスと、
カガリと、
自分は同じ場所には立てないのかもしれない、と。
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