7-13 重なっていく
「ラクス・・・。」
愛しいひとの名前を呼び、
「キラ。」
愛しいひとの声が名前を呼ぶ。
それに応えあう尊さを感じあう。
真白なシーツに広がる鮮やかな桜色の髪は月明かりに輝き、
髪に指を絡めたキラは
その滑らかさと冷たさに懐かしさと愛おしさを感じ
そっと口付けた。
頷くようにラクスは瞳を閉じると、
キラの鼓動を確かめるように掌を這わせた。
ラクスの仕草にこみ上げた愛しさそのままに
キラはラクスを抱きしめた。
素肌を通して2つの鼓動が重なる。
「キラ・・・。」
かほそく潤んだラクスの声がキラに溶けてひとつになる。
影も
体も
魂も
重ねて
擦り合わせて
溶けて
ひとつになる
その繰り返し。
それは生きているということ。
あなたを愛しているということ。
あなたの存在を感じていること。
その奇跡に喜びが溢れること。
キラの瞳に滲んだ涙にそっと口付けた
ラクスの頬を同じぬくもりの涙が伝った。
連打のようなノックの音は
エレノワにとって安眠が崩れ去る音に聴こえたことだろう。
「はいっ、何か御用ですかっ。」
寝巻き姿にカーディガンを羽織っただけのエレノワが扉を開くと
そこには血相を変えたニコライが肩で息をしていた。
「やられたっ!」
「はい?」
寝起きで頭の回転が鈍っているのはニコライも同じなのであろう
そう結論付けたエレノワは
「少し落ち着いてください。」
そう言ってニコライを部屋に案内しコーヒーでも淹れようかと思っていた。
が、その思考は次のニコライの言葉によって打ち砕かれる。
「委員会の到着が大幅に遅れることになるそうだ。
昨夜にはプラントを発っているというのに、だ。
その意味がわかるな、エレノワ。
委員会はオーブでは無く、月基地へ向かったんだっ。」
ニコライの言葉に目を見開いたエレノワは食って掛かる。
「それではっ、ラクス様のご意向はどうなるんですかっ?
委員会と何時、ラクス様は調整を行われたんですか?」
エレノワの問いに、ニコライは苦々しい表情で視線を外した。
「おそらく、委員会の独断であろう。
緊急性を盾にされたな・・・。」
エレノワは頭を抑えながらその場に座り込んだ。
こんな筈ではなかったのだ。
委員会が早朝に到着した後、
地球連合月基地で会談を行ってきたオーブの代表団の帰還を待って
オーブに正式な謝罪と御礼を執り行うことが先だったのだ。
オーブが政治的中立を貫くことは分かっている、
しかし、それでもプラント外交にとってあまりに不利なこの一件を
穏便に片付けるためにはどうしてもオーブの協力が必要であったのだ。
そして何より、ラクス自身が“全ての責任を負う”と宣言したように
この一件は政治的問題の根源にラクスとキラの私的な問題が含まれていると
秘書官等は感じていた。
だからこそ、ラクス自身に調整と会談のイニシアチブを執らせるべきだと考えていたのだ。
それを、副議長によって選出、組織された委員会は
事態の収束の緊急性を理由に議長の意向を確認せずに
地球連合月基地と交渉を開始したのである。
エレノワは急に重くなった頭を揺するとニコライに問うた。
「ラクス様にはお伝えいたしますか?」
「いや、今はお休みであろうから、朝一でお伝えしよう。」
ニコライは溜息をつくと厳しい表情のまま
紳士的な振る舞いでエレノワを立ち上がらせた。
「とりあえず、対策を立てないといけない。
エレノワ、すまないが。」
「はい、直ぐに着替えて向かいます。」
エレノワは、今ここにクライン派の議員がいればと思わずには居られなかった。
オーブ本国へ帰還するシャトルの中でそれは告げられた。
「委員会が先に月基地へ行ったのか・・・。」
カガリは真実を射抜くような真直ぐな瞳を遠くに馳せた。
「はい、どのような意味でしょうか。
クライン議長と協議の上の行動であればよろしいのですが・・・。」
外務大臣は思案するように腕を組んで顎を引き、
思い出したようにアスランを呼び出して問うた。
「准将はクライン議長とヤマト隊長にお会いした時は
そのようなご様子でしたか。」
アスランは慎重に記憶を手繰り寄せた後に答えた。
「いいえ。
ヤマト隊長がお目覚めになったのは夜半であり、
それまでクライン議長は付き添っていらっしゃったと聞いております。
彼等の友人としての私見ですが、
委員会と綿密な調整を行う時間を作れたとは思いません。」
アスランの答えに、カガリもそれは妥当であろうと考えた。
ラクスであればキラの傍を離れるようなことはしない。
プラントの議会や議員、傍に仕える秘書官等を信じて、
今の自分を全て愛する人のために注ぐであろうから。外務大臣はさらに続けた。
「では、考えられるのは、
ラクスの意向を
汲んで秘書官が動いたか、
同様に副議長が動いたか、
それとも副議長の独断か。」
それを聴きながら、カガリはその場にいた代表団の高官等に問うた。
「例えば、私に婚約者がいたとして、
その婚約者が理由を告げずMSで国外へ出て行った。
それを、同じく私も十分な説明を行えないまま追いかけた。
私も婚約者も無事に保護されたが、
未だ理由は判然とせず
国を越えた問題が起こりそうになっている。
一刻も早く対応しなければならない状況で、
私とコンタクトを取れない場合、
オーブならどうする。」
それは、今回の一件をカガリに置き換えた話だった。
一瞬ぽかーんとした空気に、最初に反応できたのは外務大臣だった。
流石は、付き合いが長いだけある。
「私は、事態の詳細の把握と並行して専門の組織を立てます。
最も、ギリギリまで代表の意向確認を待ちますが。」
その答えにその場にいた者はそれぞれに頷いた。
しかし、アスランだけが何か考え込んでいることを見て取った幕僚長は
「わしなら婚約者を一発ぶん殴るが。」
と、その場を豪快に和ませた後に、この可愛げの無い部下を可愛がった。
「准将はどう考えるのだ。」
幕僚長の声に顔を上げたアスランは
慎重に言葉を選びながらゆっくりと答えた。
「自分は、葛藤が先立つと思います。
代表への忠誠と信頼は変わらなくとも、疑念は生まれます。
何故、そのような行動を起こしたのか。
何故、何も説明して下さらないのか。」
幕僚長はニヤリと笑って引き継いだ。
「うむ、そのような感情に組織は敏感だからな。
もし、プラントの委員会がクライン議長の意向確認もままならず行動を起こしたのであれば、
そうさせたのはクライン議長への信頼の揺らぎ、かもしれん。」
幕僚長の言葉はいささか過言であったであろう。
しかし、そこに事実を含んでいるからこそ
誰も反論できなかった。
ラクスが長期にわたって婚約者の看護のために政治から距離を置いていたことは事実である。
議長という立場にありながら婚約者を優先させたこと、
それは人間として正しい選択であっても
国を司る者の中には納得も共感もし難いと考える者もいたのかもしれない。
婚約者の病名も病状も明かされず、
婚約者に下した特命の詳細も説明されず、
ソフィアの独立に際しても何も行動を起こさなかった議長は
婚約者を追いかけてプラントを出た。
そして、それらへの十分な説明は未だ語られることは無く
事態の収束へ向けての調整も対策も行われない。
そうなれば、当然生まれるのは不信感だ。
“何故なのか”と。
「そういう可能性も、あるってことだよな。」
カガリの声色は暗くも無く明るくも無く、中性だった。
「プラントの委員会とクライン議長と話してみなくちゃ分からない。
でも、そういう可能性があるということは留めて置こう。」
そう言ったカガリに外務大臣は耳打ちをした。
「難しいのはこれからかもしれません。
プラントがどう動くか・・・。」
カガリは覚悟を決めるように頷いた。
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