7-6 賭けの行方


 

キラとカガリがおかわりをしたシチューの皿はすっかり空になった頃
部屋にはダージリンの香がゆったりと香っていた。

キッチンではキラとラクスが揃ってリンゴの皮むきをしており
時折カーテンを揺らす風が笑い声をここまで運んできた。

カガリはラクスの淹れたティーカップを傾けながら
ふーっと溜息をついた。
ほっと、していた。

「ずっと気を張っていたんだろ。」
「えっ。」

アスランの低くて心地よい声に、
振り向いたカガリのティーカップの紅茶が跳ねた。

「これから月へいくんだ、
今は休んでいていい。」

「止めないんだな。」

「止めても行くだろう?
それなら止めるよりも、
他に出来ることがあるから。」

カガリは、ティーカップに唇を寄せながら
そっとアスランに視線を向ければ、
アスランは真直ぐに宇宙を見詰めていた。

――変わったな。

素直に、誇らしく思えて
自然とカガリの表情に微笑が浮かび、
そっと瞳を閉じた。

「それより、お前は休まなくていいのかよっ。
お前だって、月に行くんだろっ。」

びしっと人差し指を立てたカガリに
アスランは苦笑した。

「交渉の場に当事者が行くなんて、聞いたことが無いがな。」

通常であれば、
地球連合制空域に侵入した当事者であるアスランを表に出さずに
顧問によって調整は進めるはずである。
しかし、事態の張本人を調整の場に出してしまうところが
アスランにはオーブらしく感じられた。
そこにあるのは、誠実さだけだと示しているようで。

 

 

一方キッチンでは、キラとラクスが隣に並んでリンゴの皮を剥いていた。

「ラクス、見て。」
キラの手にのっているのは
「まぁ、可愛らしいですわ。」
ウサギの形にカットされたリンゴだった。

春風に揺れる花のように
柔らかな微笑を浮かべるラクスの頬に、
キラは優しいキスをした。
そっと瞳を閉じたラクスの繊細な睫が微かに揺れたから、
キラは口付けたまま片手に持っていたリンゴを無造作に皿に乗せ
空いた手でラクスを抱きしめた。
羽で包むように触れるキラの手がくすぐったくて、
ラクスはくすくすと笑みをこぼした。

「ねぇ、ラクス。
罰ゲームって何?」

耳元で囁くキラの声色の甘さに
瑞々しいリンゴの香が溶ける。

「僕、ラクスにもアスランにも負けちゃったから。」

眉尻を下げて笑うキラを映した様にラクスも微笑む。

「わたくしも、アスランに負けてしまいましたわ。」
「そうだったね。」

軽やかな二重奏のように
キラとラクスの笑い声は重なった。

 

キラとラクスが思い描いていたのは同じもの。
先刻の出来事。
静寂の庭と
月明かりの下の
小さな賭け事。

『そうだっ。
アスランも賭けない?』

『だから、何の話だと言っている。』

『カガリが何って言うか、
賭けよう。
僕もラクスも、
負けないからね。
ね、ラクス。』

『はい、負けませんわ。』

キラの発言からキーワードを結び、アスランはまさかの答えを導き出し
苦笑した。

『同じように、俺のことも賭けていたのか。』

キラは屈託の無い笑顔で頷いた。

『うん、
アスランが僕に何って言うか、ね。
でも、ラクスに負けちゃった。』

お茶の用意の手を休めてキラの傍に寄り添ったラクスは
くすくすと笑みをこぼした。

『アスランは、何もおっしゃらないと、思いましたの。』

『僕の方が、付き合い長いはずなんだけどなぁ。』

と、キラは片目を閉じてふっと溜息をついた。
その仕草が至極残念そうで、
それだけキラが真剣に思考していたことを現していた。
そんなキラの頭を、賭けの勝者であるラクスが優しく撫でるという、
マイペースすぎるほのぼのとした空気が何とも可笑しくて
アスランは笑わずにはいられなかった。

――相変わらずだな、2人とも。

そんなアスランに、キラは悪戯っぽく目を光らせて、

『でも、今度は負けないからね。』

勝利宣言をする。

『あらあら。
わたくしも、負けませんわよ。』

ラクスも冗談めかしてキラに続く。
アスランは、
キラとラクスの綿菓子のようにふわふわとした宣戦布告を受けるでもなく、
ただ静かに思考していた。
カガリはキラに何と言うのであろうか、と。
その仕草があまりにアスランらしく感じられて、
キラとラクスはそっと手を繋いで微笑みあった。

『じゃぁ、賭けるよ。』

キラは真剣そのものの面持ちで
ラクスとアスランの顔を確認した。
ラクスはくすくすと笑みを零しながら、
アスランは静寂な思考のままで、
それぞれ頷いた。

 



抱きしめあったキラとラクスは
あの時の光景を擽ったそうに思い出していた。

「でさ、僕とラクスの答えは同じだったんだよね。」
「“バカヤロウっ!”ですわ。」

カガリを真似て“バカヤロウっ!”と言ったラクスの口調は
恒と変わらぬおっとりとしたもので、
それがかわいくて、おかしくて、
キラの笑みは深まるばかりだった。

「で、アスランが勝ったんだよね。」




あの時、
賭けの答えを先に提示したのはキラとラクスで、

『アスランは?』

キラに答えを促されて、
僅かな沈黙の後にアスランは静かに答えた。

『“勝手に死ぬな、バカヤロウ”・・・、かな。』




「でも、どうして分かったんだろう。」

キラは少しだけ悔しさを混ぜたような笑顔で首をかしげた。
ラクスはキラの心を引き受けるように微笑むと、

「それは、きっと・・・。」

キラの額に自らの額をこつんと重ねた。

「そうだね、きっと。」

言葉にせずとも伝わる2人の願い。
言葉だけではなく
現実になりますように、
そう祈るようにキラとラクスは瞼を閉じた。

ふわりとキッチンに吹き込んだ風がラクスの髪を揺らし
芳しい花の香に混じってリビングの声が届いた。
ラクスは顔を上げると
ホイップクリームのような笑みを浮かべてキラに提案した。

「罰ゲームは、カガリに決めていただきましょう。」
「あ、いいね、それ。」
「はい。」

ラクスの大きく頷く仕草は何処か幼くて
キラの表情が自然と緩んだ。


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