7-3 無条件の安堵
フローリングに響く、アスランの靴音。
さらさらと布擦れの音を鳴らしながら翻るレースのカーテン。
その音が、止まる。
アスランがカーテンを押さえ庭へ出れば、
芝生を踏む青葉の音色が始まって、
柔らかな月光に照らされる。
涼やかな夜風に包まれる。
君も、
僕も。
「やぁ、アスラン。」そう言ったキラの笑顔は、
アスランの記憶の中の、
幼い頃のキラに重なった。静かに穏やかな微笑みを返すアスランは、
キラの記憶の中の、
幼いあの時のアスランに重なった。だからなのか、
胸の奥のもっと深くから思いが立ち昇って
互いの瞳が懐かしさに滲む。
「もう起きて、大丈夫なのか。」
アスランの恒と変わらぬ穏やかな声で問われ、
キラはいつもの様に笑って応えたいのに
表情が上手く動いてくれなくて、
――これじゃ、泣き笑いみたいだな。
ひとつ視線を外して
ゆっくりと瞳を閉じた。
瞼に映る幼い君は優しい目をしていて、
瞳を開けば
月明かりの中で柔らかく浮かび上がるオーブの軍服を身に纏った君がいる。
静けさと穏やかさも、
優しい目も、
あの頃から変わらない君がいる。
その真実が、
キラに無条件の安堵を与える。
「もう、大丈夫。」
アスランは、キラの言葉を丁寧に受け止めるように頷くと
「そうか。
良かった。」
アスランはそれ以外何も言わず、
キラと同じものを見るように遠くへ視線を馳せた。
そんな親友の隣で、
キラはアスランと同じ宇宙を見上げたまま小さく笑った。
「やっぱり、
何も言わないんだね。」
「え。」
キラの思いがけない言葉に、アスランは視線を隣へと向ける。
そこには無邪気な笑顔を浮かべたキラがいた。
「ラクスの勝ち。」
キラの言葉にきょとんとした表情を浮かべるアスランを見て、
「やっぱり、アスランはアスランだね。
変わらないや。」
キラは記憶に擽られるように笑った。
幼い頃、年が同じなのに大人びていたアスランが見せるあどけない表情が
こんな顔だった。
一方アスランは、キラの言葉の意味を解せずにいたが、
キラが満たされた心持であることを読み取ると
全てを受容する穏やかな微笑みを浮かべて
再び視線を宇宙へ戻した。と、
キラは堪えきれなかったように吹き出し、
仕舞いにはお腹を抱えながら笑った。
アスランは流石に気になって
キラにつられるように笑いながら問うた。
「どうしたんだ。」
キラは涙目を手の甲で押さえ、
笑いすぎて上がった息も絶え絶えに答えた。
「ごめんっ、でも。
やっぱり、アスランはアスランなんだって。
そう思った。」
「は?」
「だって、
僕の言ってること分かんないけど、
でも僕のことは、
分かってるでしょ。」
アスランは一拍置いて思考をめぐらせる、
はたしてキラのことを何処までわかっているのかと、
分かっていると判断しているそれは的を射ているのかと。
その彼らしい仕草にキラは笑みを深め、アスランの肩を叩いた。
「大丈夫っ。
分かってるよ、アスランは。
そう感じる、
ずっと昔から。」
そう、昔からそうだった。
アスランは静かに、
ありのままの僕を受け止めてくれる。
「小さい頃から変わらないなって思って。
仕草が、あんまりアスランらしくってさ。
だから・・・。」ふーっと気持ちを落ち着けるように深呼吸したキラは、
真直ぐにアスランを見詰めた。
「多分、僕は
ほっとしたんだよ。」誠実な視線をキラへ向けるアスランは
眉尻を下げて笑った。
「それは、俺の方だ。」
返ってきた言葉の意外さに
「えっ。」
キラは目を見開いた。
「キラに、
やっと会えた気がする。」
そう言って、
やっぱり視線を宇宙へ戻したアスランの視線を
キラは追うことが出来なかった。
アスランの言葉が痛いほど胸に響いたから、
動けなかった。
それ程、
嬉しかった。
キラは盛大な溜息をつくと
片目を閉じて、左頬を人差し指で掻いた。
「あーあ、
アスランにも負けちゃった。」
幼い頃から変わらないキラの仕草にアスランは小さく笑うと、
「だから、何の話だ。
過程を飛ばして話すのは、キラの癖だな、
昔から。」
懐かしさに目を細めた。
「ラクスの勝ちっていうのはね、
賭けをしてたんだよ。」
「賭け?」
「そうだっ。」
キラは名案だと言わんばかりの弾む声で
アスランの肩をぐいっと引いた。
「アスランも賭けない?」
全く話が見えてこない状況があまりにキラらしく
くすくすと笑いながらアスランは問うた。
「だから、何の話だと言っている。」
「カガリが何って言うか、
賭けよう。」
突然出てきたカガリという名前に、アスランは一瞬動きが止まる。
「僕もラクスも、
負けないからね。」
キラは、
まるで幼い頃、
2人で競争をした時のような口ぶりで
悪戯っぽい笑みを浮かべて
アスランの顔を覗き込んだ。
そして
ひょい、と、
「ね、ラクス。」
アスランの背中越しへキラが視線を向ければ、
庭のテーブルに茶道具を並べていたラクスが
ホイップクリームのように甘く軽い微笑みを浮かべた。
「はい、負けませんわ。」何事に対しても向けられるアスランの誠実さは
勝負に関しても例外では無く、それが時として、
負けず嫌いと映る。
しかしこの時ばかりは
負けず嫌いという言葉が相応しかったのかもしれない。アスランの心の声は
キラとラクスには筒抜けだった。
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