7-2 賭けをしよう
本邸の“離れ”であるアネックルームは趣深く落ち着いた造りとなっている。
外観や内装もさることながら、やはり最も魅力的なのは景観である。
庭の草花や樹木は南国特有のおおらかさに加え
自然と耳と心が澄んでいくような静けさを持っていた。
庭の向こう側は海を臨み、見上げた先には果てしない宇宙あった。
穏やか空間でゆったりとくつろいで欲しい、
この“離れ”からは、そんな願いが聴こえてきそうな程だった。
その庭の芝生の上に
キラは両足を投げ出して座り、
隣にラクスが寄り添っていた。
リネンのイージーパンツにゆったりとしたシャツを羽織っただけの
キラのリラックスした格好は心地よくオーブの風を通していった。
海風にのった潮の香の、大地の豊かな緑の香が混じりあい
全てを委ねたくなるような気持ちにさせられる。
常夏の夜空に広がる満天の星空を見上げなら、キラは穏やかな笑みを浮かべた。
「やっぱり、地球から見る星空が一番綺麗だな。」
「そうですわね。」
ラクスはキラの思いを引き受けるように微笑んだ。
瞬間、庭の樹木やその先の森がざわめき立つような風が吹きぬけ
ラクスのストールが肩から落ちた。
「寒くない?
ラクスは、体があまり強くないから。」
キラはラクスのストールを肩に掛け直し、
そのまま豊かな桜色の髪に触れた。
冷たく滑らかなその感触に、
自然と指が動いていく。
キラがラクスの髪を梳く、
それは出会ってから何度もあった事であるはずなのに、
ラクスの髪も
髪から伝わるキラの指も
この胸も、
自分の一部のように知っているはずなのに。
ラクスは、とくんと高鳴った鼓動と
胸を満たしていく熱を瞳に滲ませて
そのままキラに身を寄せた。
キラはラクスの背中に腕をまわして
優しく抱きしめた。
ラクスの滑らかな髪の感触も
華奢な身体も
芳しい香も、
自分の一部のように知っているはずなのに。
――愛しくて、たまらない。
そんな2人の時間は突然転調することになる。
「アスランッ!アスランッ!」
と、次々にハロたちが騒ぎ出したのだ。
賑やかに跳ね回りながらエントランスの方へ向かうハロたちを見送り
キラとラクスは僅かに身体を離すと微笑みあった。
アスランに話したいことが沢山あった、
話さなくちゃいけないことも。
ラクスの手を取って立ち上がったキラは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ラクス、賭けをしよう。」
「まぁ。何でございましょう。」
ラクスはくすくすと、口元に手を添えて笑った。
「アスランとカガリ。
何て、言うかな。」
そう言ったキラは少しだけ眉尻を下げ、肩を竦めていた。
キラは自ら命を絶とうとしたのだ、
共に生きることを望むアスランとカガリを裏切って、
全力で止めようとする2人を振り切って。
キラは、その事実への言いようの無い気持ちを抱いている。
だから出てきた言葉であると
それを察したラクスは繋いだ手を握りなおした。
「では、負けた方が罰ゲーム、ですわ。」
ホイップクリームのように軽やかな微笑みを浮かべて。
一方、アネックスルームのエントランスに立ったアスランは
呼び鈴を鳴らそうとした手を止め
静かに扉をノックした。
もし、キラが眠っていても起こすことが無いように、
そんなアスランの心配りを軽やかに越えて行く声が内側から聴こえてきた。
1つではない、
いくつもの、
自分が良く知った。
その筈だ、
自分で創ったのだから。
「アスランッ!アスランッ!」
扉の向こう側から聴こえてくるいくつものハロの声と
時折ガツンと扉に何かぶつかる音、
極めつけは内側から聴こえた“ガチャリ”という密やかな音に
アスランは額に手を充て項垂れた。
木製の重厚な扉が内側か開くと
色とりどりのハロが飛び出してきては
アスランの足元で鞠のように跳ね回り、
毎回のことながらお祭り騒ぎとなった。
アスランは溜息をつくと、ひとつひとつを回収し
「いいか、夜は静かに休みたい人だっているんだ。
だから、あまり騒いではいけないんだ、わかるな。」
と、子どもに諭すように語りかけた。
その彼らしくも誠実すぎるやり取りに、
ラクスは笑みを深めてアスランを迎えた。
「ようこそお越しくださいました、アスラン。」
「すまない、こんな晩くに。」
アスランは少し困ったように微笑んだ。
ラクスに促され部屋に入ると、そこにキラの姿は無く
爽やかな夜風がカーテンを波のように揺らしていた。
「あちらですわ。」
ラクスの空色の瞳の先にあったのは、
庭へと続く大きく開け放たれたガラスの扉、
月明かりに照らされて立つ
キラ。
アスランは何も言わず、唯静かにキラを捉えた。
キラは、それに応えるようにやわらかく目元を緩めた。
ラクスはそんな2人を横目に
ふわりとコットンのワンピースを翻した。
「今、お茶の用意をいたしますわ。」
その空間にキラとアスランだけを残して。
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