7-16 信じる痛み




プラント、オーブ間の協議は、カガリの呼びかけが受諾されることになった。
協議の後に予定されていた会食は、
クライン議長の婚約者の病状を案じ開催を控えることになったが
その代わりにラウンジが開放されおのおの自由に交流を持てる場が設けられた。
ホスト国の代表であるカガリは当然出席し、
アスランはお祭好きの幕僚長に引っ張られる形で参加となった。


ふとプラントの委員会の方へ視線を向け目的の人物の出席を確認すると、
アスランは胸の内で小さく安堵の溜息を洩らした。

――あの方には、お聞きしたいことが沢山ある。

それは、相手方も同じ思いであったのであろう、
永遠となった戦友を彷彿とさせる柔らかな笑みを浮かべて
アスランの方へと近づいてきた。

「お久しぶりです、アマルフィさん。」
「やぁ、アスラン君、大きくなったね。」

ニコルの父親でありプラント最高評議会の議員でもあるユーリ・アマルフィの返答が
とうに両親も親戚も亡くしているアスランにはくすぐったく
はにかんだ笑みを自然と浮かべた。

「アマルフィさんこそ、お変わりなく。」

互いに握手を交わすと、
アスランはウェイターにワインを頼み
その銘柄を聞いたユーリはふわりと笑って懐かしそうに目を細めた。 





高い天井まで届く一面の窓から広がる夜景は
戦後目覚しい復興を遂げたことを示すように輝いていた。
そして、市街とは反対側へ目を向ければ
宵闇に身を窶した自然の雄大な気配を
満天の夜空が抱きしめていた。

ラウンジの中央で奏でられるピアノの旋律が
空間に心地よい流れを作り出していた。
身を委ねて、そっと瞳を閉じたくなるような。

「ニコルの墓に、花を手向けてくれてありがとう。」

ユーリの笑顔は至極柔らかであったが、
その奥に消えぬ哀しみを読み取り
アスランは笑顔を向けながらも胸の痛みを覚えた。
墓はプラントにあっても
ニコルの命が消えたのは地球で
それを護れなかったのは自分で、
その自分は今、ザフトには居ない。

――今の俺を、ニコルはどう思うのだろう・・・。

そんなアスランの想いを読み取って、ユーリは笑みを深めた。

「きっと、ニコルは喜んでいるよ。
ザフトに復隊したあの時より、
今の方がずっといい顔をしている。
私はそう思うがね。」

ユーリの言葉に、素直に胸の内があたたかくなっていくことを感じ
アスランは眼差しをそっとゆるめた。
アスランはオーブで、文字通り持てる力を全て尽くしてきた。
今の自分を、自分で認めている。
それでも、

――人の言葉って、すごいな。

「ありがとうございます。」

そう言ったアスランの表情は、澄んだ空のように晴れやかで、
ユーリは安堵すると同時に苦味も覚えた。
こうやって、
子どもたちの背中を押すのが大人の役目であるはずなのに、

――戦争で、プラントは大人を失い過ぎた。
   未来である、子どもを失い過ぎた。
   だから、繰り返さないために。

ユーリは一口ワインを含むと、
真摯な眼差しでアスランに向き合った。 




「プラントは、これから難しい局面を迎えるかもしれない。」

「それは、どういう。」

と、言いながらアスランの脳裏には既に答えは粗方出揃っていた。

「クライン議長への不信感が、議員の間で広がっているんだよ。」

“議員の間で”と、あえて限定した言い回しから
国民には未だ絶大な支持を得ているのであろう。

「私だって、いや、議会のほとんどは彼女を信じようとしていると、私は思う。
しかし、議長が何をお考えなのか・・・理解に苦しむ出来事が重なって・・・。」

アスランは話を聴きながら、
やはりラクスが事情を明かしたのはジュール隊のみであると判断した。

「彼女は2度、我々を裏切っているから・・・。」

裏切りという言葉を、躊躇いながら口にしたユーリの表情に浮かんだ痛みに
アスランは視線を落とした。
ユーリは、ワインの黄金色の色彩の遙か向こう側の
何処か遠くを見詰めるように続けた。

「一度目は、4年前、
フリーダムをキラ・ヤマトに譲渡した時。
二度目は、2年前、
先の戦争で我々議会と対話も無しに武力行使をした時。
どちらも彼女は謝罪しなかった。
でも、この裏切りを我々議会が許せたのは
誤った選択をした我々に非があるからでは無い。」

アスランに視線を向けたユーリの表情は、
意外にも、とても誇らしげだった。

「彼女の選択が、
プラントの最善の幸福につながったからだよ。」

しかし、その表情に一抹の陰りが過る。

「だが、今回の彼女の振る舞いがプラントの最善の幸福に繋がっていると、
私はそう信じることに、
いつか疲れてしまいそうなんだよ・・・。」

そう言って、苦々しい思いを笑顔に隠して
ユーリはアスランのグラスにワインを注いだ。
黄金色に煌きながら香る、太陽の光のような香が
何処か儚く感じられた。

「ソフィアの独立と、ヤマト隊長の一件のことですか。」

アスランが静かに問うと、ユーリは浅く頷いた。

「まぁ、愛する人が病床に臥していたら、
傍にいたいと願うことは、理解できるよ。
ただ、ソフィアの独立よりも大事にされた彼が
こんな事件を起こすとなると、話は別だよ。
彼女が、説明さえしてくれれば・・・、
こちらだって、理解する準備は出来ているんだ。」

ユーリの立場であれば、誰だって同じように感じるであろう。
アスランは、
真実を打ち明けることが出来ない、ラクスの苦しみも理解でき、
真実を語られない苦しみも、カガリの表情を見れば感じることができた。
そのどちらも、
苦しみであることに変わりは無い。
しかし、その苦しみは交わること無しに消えることは無い。

何か言葉を掛けようとした
アスランの動きかけた唇に言葉はのらなかった。
今、ユーリが必要としているのはアスランの言葉では無く、
実感なのであると、分かっていたから。
その実感は、ラクスにしか与えることは出来ないのだから。

 



ユーリは、愚痴になってしまったなぁと照れ臭そうに笑いながら
話題を転換させた。

「ソフィアの独立で、
プラントはこれから大きく揺さぶられることになると思う。
独立の気運が高まった昨年からソフィアへの移住は盛んだったが、
議会で独立を承認する法案が審議される頃には、昨年と比にならない程、ね。」

「政界や財界、軍からも流れていると聞きました。」

ユーリは小さく溜息をついて、肩を竦めた。

「そうなんだよ、私としては少し、寂しい気持ちがするよ。」

と、流れ出したピアノの旋律に
アスランとユーリは目を向けた。
それは、ニコルが最後のコンサートで演奏した曲だった。



アスランは宇宙に視線を馳せながら、呟いた。

「それだけ、変革を望んでいるのかもしれない・・・。」

戦争が終わって、国民が先ず最初に望むことは、平穏な生活を取り戻すことだ。
ラクスが議長の座に着くことで、
国民は永久の平和の幕開けを予感し
日々積み重ねていく復興が、平穏な生活を甦らせる。
それでも、
あれだけ望まれた“平穏な生活”が実現した傍から、人は変革を望む。
否、ラクスが議長であることが平和を担保していると国民は信じきっているから、
変革を望むのだ。
コーディネーターだけに課された、ガラスの天井を打ち破るために。
たとえ、行動が打ち破ることと無関係であっても
天井の存在が静止を咎め
焦燥を煽る。




ユーリはふっと微笑みを浮かべると、
アスランの肩に手を置いた。

――政治的なセンスは、父親譲りなんだな。

「やっぱり、前言を撤回するよ。
君はザフトに復隊した時の方が良い表情をしていたから、
プラントに戻って来なさい。」

アスランがユーリの突然の発言に驚き
瞬きを繰り返していると、
ユーリは柔らかな笑みを浮かべて続けた。

「冗談だよ。
でも、君がプラントにいてくれたらって、思うよ。」

「申し訳ございません。」

アスランがあまりに自然に返すから、
ユーリは、アスランがオーブを選択したことに微塵も後悔を抱いていないことを知り、
誇らしく思った。
真直ぐに前を見詰めるアスランの横顔を見詰めるユーリの眼差しは
まるで息子へ向けるようなあたたかなものであった。

 

「そのワイン、パトリックが好きだったんだよ。」

ユーリの意外な言葉に、アスランはグラスを上げて
黄金色に輝くワインを光に透かした。

「しかしセラーにこの銘柄は入っていなかったと思いますし、
父が飲んでいる姿も見たことが無いと思いますが・・・。」

ユーリは眉尻を下げて笑った。

「当然だよ、隠れて飲んでたんだから、
“オーブのワインなんか飲めるか”、とか言いながらね。」

まるで子どものような父の言動が想像できず、
「はぁ。」
アスランは曖昧な返事をした。

「君がオーブを選んだのは、
そういう運命だったのかもしれないな・・・。」

ユーリの言葉に、何処か奥行きのような気配を感じ取ったアスランは
「それはどういう・・・。」
と、聞き返したしがその答えは言葉にならず、

「ごめん、アスラン君。
委員長が呼んでいるから・・・、
続きはまた今度。」

「はい。」

残光のようにアスランの胸に残った。

 


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