7-15 不透明


 

まるで時間が遡ったように、
ベッドの上のキラは幾筋ものチューブで繋がれていった。

生存の淵に立っていることは、昨日までと変わらなかった。
それでも、生命を放棄するためにそこに立つことと
生きようと抗いながらそこに立つことは決定的に異なる。

ラクスはキラの手を祈るように握り続けた。

「キラ・・・。」

ラクスの呼び声は届いていないのだろう、
人間の熱とは思え無い程の体温で意識を失っているキラは
細い呼吸を繰り返した。

 




プラントとの協議の開始時刻は、遅れに遅れた。
それだけ、プラント、地球連合間の協議が難航したことは想像に容易かった。
現に、目の前の委員会の硬派な姿勢を見れば
地球連合側が少なからず反発したであろうことも。
同じ席に着きながらアスランはラフォージの言葉を思い起こした。

『この一件で吹き出した感情をオーブにぶつけることが出来ないとなれば、
我が軍も、そしてナチュラルの多くも、
感情をプラントに向けるしか無いだろう。
殺されたんだよ、
コーディネーターに、
我が軍の人間が。』

それが、自然に抱く感情で
政治とは互いの利害関係だけではなく感情をも実現しなければならない。
いくらラフォージが地球連合で稀有な程柔軟性と世界を捉える視野を持っていたとしても、

――この説明を了承することは出来ないだろう。

恐らく、ラフォージは厳しい姿勢を貫いたのではないかとアスランは思った。



ラクス不在のまま、プラントとしての態度が示されていく。
この場所でも。

「先程も申し上げましたが、
ヤマト隊長と地球連合軍の戦艦を撃破したMSは無関係であり、
そもそも我が軍、ザフトに属するものではありません。
オーブ軍月基地より提出された映像資料から判断するに、
第一に、地球連合軍に積極的な攻撃を加えているのは所属不明のMSであり、
第二に、地球連合軍の戦艦を撃破した後、ヤマト隊長は所属不明のMSと交戦しています。
もし、ヤマト隊長と所属不明のMSが、
地球連合軍が懐疑する“通謀関係”にあるのであればこの交戦の意味を説明できなくなります。」

カガリは真実を射抜くような瞳で、委員会の説明を一字一句逃さぬよう聴いていた。
しかし、繰り返される内容から強調されたのは、
キラと所属不明のMSは無関係であり、
この惨事に遭遇した目撃者としての責任において
調査へ協力体制を敷く準備があることであった。

――エレウテリアーの件については触れないつもりか、
   それとも、委員会はメンデルの報告を受けていないのか。

カガリの推測は的を得たものであり、
同時にアスランは委員会の姿勢から
ラクスや特務隊であるジュール隊から
メンデルで所属不明のMS、つまりエレウテリアーと遭遇した事実は
委員会に報告されていないことを確信した。
もし、遭遇した事実が報告されていたとすれば
その時ストライクを操縦していたアスランに、そしてオーブに、
別のアプローチをするはずである。
メンデルで遭遇した際にはどのような状況であったのかという事実確認と、
キラとラクスの婚約レセプションの際に接近したMSと、
メンデルで遭遇したMS,そしてこの一件のMSを照合し、
一致している可能性があれば調査強力を要請するはずである。
それを予見して、オーブは地球連合に示した事実は、
所属不明のMSは婚約レセプション時に遭遇したMSと同型である可能性を示唆しただけに留め、
メンデルで遭遇したMS、エレウテリアーの存在は伏せたのだ。

しかし。

眼前で語られるのは、“知らぬ、存ぜぬ、それでも協力は辞さない”という
何処か当事者性に欠ける言葉ばかりであった。
カガリは薄く瞳を閉じて真実に耳を澄ますように
ゆっくりと呼吸をした。
瞳を開けば、ひとつだけ空いた席が妙に広く映った。

――真実は、今この場だけでは分からない。

それがカガリの答えだった。



委員会が、半ば強引に協議を収束させようとしたその時、
カガリは軽く片手を挙げた。

「ご説明、感謝する。
オーブとして、委員会からのプラントの見解に理解を示したいと考える。」

そう前置いて、カガリは立ち上がり委員長へ真直ぐに視線を向けた。
このまま、ラクスの言葉も聴かぬまま  
キラとラクスの意志が反映されぬまま、 
限られた人間だけで事実を組み合わせ、真実を合意形成することは危うい。
では、今のカガリに出来ることとして選んだカードは、
“整合性の担保”という正当な理由であった。

「こちらが提示した事実は
ヤマト隊長を保護したザラ准将及び月基地よりの報告に拠るものである。
主観や国益を排し、事実のみを抽出するよう努めてはいる。
しかし、真実の整合性を担保するためには
あの場に存在したもう一つの視点が欠けている。
クライン議長だ。」

キラとアスランと地球連合軍が交錯したあの空域の、ラクスは目撃者の一人である。
真実に限りなく近づくことを目的として、ラクスの証言と意見を求めることは、
プラント、オーブ双方の利益に結びつくという理屈は妥当性を帯びていた。

「よって、クライン議長の意見と当方よりの情報の整合性を確認した後に
再度協議の場を設けさせて頂きたいのだが、
いかがであろうか。」

これが、オーブの政治的中立の範囲内で出来る精一杯であった。

 




キラの口元に宛がわれた酸素マスクがうっすらと曇る。
浅い呼吸を繰り返すキラの容態は、
今朝に比して快方へ向かう事は無く
陽は沈み満天の夜空が広がってもなお、予断を許さない状況が続いていた。
ナチュラルであれば死んでいる程の高熱は、下がることはなかった。
ドクターの診断でも明確な原因は判明しなかった。
但し、今回の一件が心身に過度の負担をかけたことは要因のひとつであることは確かである。
メンデルの調査を打ち切って以来、正常に意識を保てず、
ここ数日は生命維持さえ危ぶまれる状況にあったにも関わらず
MSを操縦しケイと地球連合とアスランと交戦した・・・。
それは最早、コーディネーターの限界を超えていた。

ラクスは湯を張った桶にタオルを浸し、数滴のアロマオイルを垂らした。
タオルを絞ると、心安らぐようなフローラルの香と仄かな清涼感が
部屋中に広がっていく。
ラクスはキラの前髪を分け、汗の滲む額にタオルを宛てた。

「キラ。」

何度呼びかけても、キラからは何も返ってこなかった。


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