5-8 ラクスの告白
清掃が済んでも、 ミーアの墓標が綺麗になったとはとてもではないが言えなかった。
それでも幾分すっきりとした墓前にラクスは花束を手向けた。
そして左の手をキラに
右の手を自らの胸元に当て、
ゆっくりと瞳を閉じて
胸いっぱいに空気を孕んだ。
そして、ラクスは
レクイエムを捧げた。
それまで凪いだような静寂に包まれていた空気が、
震える。
ラクスの慈しみに満ちた歌が、
震わせる。
ラクスの魂が
震える。
花びらが風に舞うように、
香が風を呼ぶように、
ラクスの旋律は白い花びらと共に風にのり
裾野から丘陵を駆け上り
宇宙に溶けていった。
――ミーアさんに、
届きますように。
「わたくしは、 ミーアさんを羨ましく思いました。」
レクイエムを歌い終わり沈黙していたラクスが、ぽつりと零した。
その意外な言葉にアスランは思わず振り返った。
すると、ラクスは表情が悲痛に歪みそうになるのを耐えるような微笑を浮かべていた。
「わたくしは、あの時――。」
あの時、とは先の大戦時のことであろう。
「キラと共に穏やかな日々を送ることを、
心から望んでおりました。」
それは当たり前の望みであり、
誰もが等しく、望みを望む権利を持っている。
それも、恒久の真実である。
「戦争が起きてもなお、
わたくしの望みは変わりませんでした。」
当たり前という尊い望みは
今もラクスの胸の内で変わることは無い。
「静観と沈黙を選んだのは、
わたくしです。
それでも、 わたくしはカガリを羨ましく思いました。」
突然出てきたカガリの名と、告げられた真実に
アスランは微かに瞳を見開いた。
ラクスは凛と宇宙を仰ぎながら言葉を続けた。
「世界の平和を願い、
現実として行動し、
自らの力を全て、 注ぎ続けることができるカガリが、
羨ましかったのです。」
そう言い切ったラクスは、 キラと繋いだ手を握り締めた。
その時アスランの脳裏にイザークの言葉がふと過った。
――孤独ではないが、孤立している・・・。
「わたくしは、
わたくしの姿で、
わたくしとして、
世界の平和のために現実的に働きかける、
ミーアさんが羨ましかったのです。」
ラクスの告白に返す言葉が
アスランには見つからなかった。
そもそも、言葉を返す必要など無いのかもしれない。
願うことは 人が等しく持つ権利である。
それでも、 その願いを実現することが
時として罪となるのは
何故なのだろう。
願いが叶えば幸せになると
人は信じ、
だからこそ 人は励むことができる。
しかし、 願いが叶うことと
幸せになることが
時として重ならないのは
何故なのだろう。
そこに、 ひとの不幸がある。
だからこそ ひとは運命という言い訳に
縋ろうとするのだろうか。
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