5-7 ミーアの真実



プラント国立共同墓地は、緩やかな丘陵地帯一帯に広がり、
その全土を国立公園と指定しているため
慰霊に訪れる人々が絶えることは無い。
当初はプラント建国の功績者のための墓地として設置されたが、
戦争が激化するにつれて戦没者が増加したことを受け
今や多くの兵士の魂がこの墓地に眠っている。
しかし、その多くが宇宙に散り、溶けていったため
墓標の下には土のみのものも少なくない。

一面に並ぶ白い墓標は放射線状に配列されており
歩みを進め何処の位置に立っても一直線に並んで見える。

芝生に映える大理石で出来た墓標は柔らかく白光しているかのように見え、
それが宇宙に瞬く星を連想される。

太古から、人は死ぬと星になるとの言い伝えがあったが
その光景は、非科学的な神話に実感を付与させる程だ。
科学の栄華によって生まれたコーディネーターが生きる
全てが人工的に造られた世界の中において、
否、人間が創造した世界であるからこそ
不確かで非科学的な神話は
揺るがし難い真実味を伴って人に迫るのかもしれない。



枯れることの無い白い小さな花で縁取られた細い道が、
墓標の間を縫って続いていく。
アスランはキラの車椅子を押し、
ラクスはキラの左手を取り、
キラは膝の上にピンクのチューリップの花束を乗せ
3人はゆっくりと登っていく。
頂上から裾野へ向かって清涼な風が吹きぬけ
ラクスの桜色の豊かな髪を揺らした。
一歩前を歩くラクスの背中をアスランは見遣った。
やはり、と言うべきか、ラクスは特に変装をし身を窶す訳でもなく
あまりに知れ渡った顔を晒し背筋を伸ばして歩んでいる。
普段と違うところ言えば、今日のワンピースは好んで身につるパステルカラーではなく
黒地にグレーのレースをあしらったシンプルなものであるという点ぐらいであろうか。
これから戦争犯罪人として認識されているミーアのもとへ
国家最高元首が向かうというのに。
それがプラント市民の目に触れれば、
波を立てることに繋がる蓋然性があるのに。
しかもラクスは今、婚約者であるキラの療養のため長期休暇中の身である。
それでも。

――ラクスは常に、ありのままなんだな。

アスランは、時折キラの腕を愉快そうに振るラクスの背中を見ながら思った。



歩みを進めるにつれて穏やかな午後の日差しが降り注ぐこの時間に、
誰ともすれ違うことが無いことにアスランは違和感を抱いた。
それどころか、広大な敷地内で墓前に佇む人影さえ見えない。

「わたくしが参る時であっても、
常と変わらずに開放するようにとお願いしているのですが。」
そう言って振り返ったラクスは、眉尻を下げたように微笑んだ。
自動的にセキュリティーが働き来園者が排除されることをラクスが好むはずは無かったが、
国家の安全の面から考えれば至極当然のことなのであろう。
「ですから、いつもわたくしはキラと共にお参りをするのです。」
そう言ってラクスは再び前を向いて歩みを進めた。
その言葉は現在この共同墓地の敷地内に誰もいないことを示し、
同時にラクスとキラが花を手向け死者を悼む姿は式典を除いては誰も目に出来ないことを示していた。
これから向かう墓標の前の2人の姿が公の目に触れていれば、
数分後に被るアスランの衝撃など無かったのかもしれない。



共同墓地に眠るミーアは、身を偽りラクス・クラインとしてプラント国民を欺いた罪と
デュランダル前議長に献身し戦争拡大に寄与した罪等により、
今やプラントでは戦争犯罪人として認識されている。
ミーアの言葉を信じ、戦争を支持したのは
他でも無いプラント国民であるにもかかわらず
国民が背負うべき罪は全て、ミーアに擦り付けられていた。
その事実がラクスを苛ましていたことも確かである。
戦火が拡大してもなお、沈黙を続けたのはラクス自身であり、
最終決戦直前において姿を晒したことにより
ミーアは命を狙われることになったことは事実であるのに、
誰もラクスの責任を追及する者はいないのであるから。

プラントは、
偽者を咎人とし、
真者を救世主とした。
その判断基準となったのは
ただ、結果だけだった。
勝者を正義とし、
敗者を悪としたのだ。

それでも、アスランは思う。
ミーアの思いはラクスと繋がっているのだ、と。
先の戦争が始まった頃、
ミーアは真実の自己であるミーア・キャンベルを差し出してラクス・クラインになった。
世界の平和を実現するために。
その時ラクスは、世界と一線を画し
キラと共にあることを選んだ。
世界の平和を願いながら、ラクスは沈黙を選択したのだ。
そして、戦争が激化していく中で、
ラクスは平穏な生活を差出し戦うことを選んだ。
世界の平和を実現するために。

ミーアの採った手段は間違っていたのかもしれない。
ミーアにはミーアにしか出来ないことで、
世界の平和を実現する力となりえたのにもかかわらず。
それでも、ミーアの思いに間違いなど無かったのだとアスランは思う。

――誰がミーアを責めても、
   ミーアの思いは真実だった。

しかし、ミーアの真実を知る者は
それを認める者は
どれだけいるのであろう。
ミーアの墓前はそれを表しているかのようで
アスランは愕然とした。



墓標は硬質な何かで殴られたように大きくひび割れ
所々に銃痕さえ見受けられる。
その墓標の表面には吐き捨てられたガムやスプレー等の落書きで汚され、
さらに墓前に供えられているのは彼女を誹謗中傷する物や異臭を放つゴミが散乱し、
それらが攻撃的な感情で故意に為されていることは明らかであった。
手向けられたのであろう花束は1つしかなく、
それも何の花か判別が出来ない程に踏みつけられていた。 

「酷い・・・。」

アスランはそう口走ると、墓前に屈んでゴミを片付け始め、
ラクスはキラの車椅子の後部から取り出した布で墓標を磨きだした。
そのラクスの表情は哀しみに暮れていた。
そうやって、ラクスは自らの罪と向き合い償い続けているのかもしれないと、
アスランは思う。
カガリが、戦没者の遺族を訪ね、悼み歩いているのと同じように。
ラクスが墓標を磨く度に長い桜色の髪が揺れ、
汚れた地面を擦った。
それを厭わずラクスは磨き続ける。

アスランが踏みつけられた花束に手を伸ばそうとしたとき、ラクスはふっと顔を上げて微笑んだ。
「それは片さないで下さいな。」
アスランはゆっくりと頷くと、至極丁寧に花束を持ち上げ安置した。
「ミーアを怨む人ばかりでは無いんだな。」
安堵にも似た表情のアスランに、ラクスは花束のリボンを指差した。
「E.C.と、ありますでしょう?」
ラクスの示唆通り、蝶結びにされたリボンの右端にはE.C.のイニシャルが刺繍されていた。
「エレノワさんの、ことですわ。」
ラクスが口にした名前が、アスランの記憶の糸に引っかかった。
「エレノワ・・・、いや、思い違いか・・・。」

――彼女の名前は確か、エレノワ・アイゼンベルク。
   別人だろう。

そのアスランの思考を読んだように、ラクスは応えた。
「いいえ。わたくしの秘書官、
エレノワ・アイゼンベルクさんのことですわ。
旧姓、エレノワ・キャンベル。」
その姓に、アスランは驚愕の眼差しを送った。

「まさかっ。」

ラクスは変わらぬ微笑を浮かべ、無残にも足跡が付けられたリボンを慈しむように撫でた。

「はい、ミーアさんの妹さんですわ。」

撫でても撫でても、リボンに付いた足跡は消えず
ラクスの白い指先が埃で汚れていくばかりだった。

「わたくしは、エレノワさんが秘書官に就任した後に知りました。」

プラントの官僚制は厳格なメリットシステムが敷かれており、
議長専属の秘書官であってもその例外ではない。
エレノワの任用においての全権は人事院に在り、ラクスの関与は承認に留まっていたのである。
しかし、任用に当たって詳細にわたる素性を調査されるこは避けられず、
当然エレノワがミーアの妹であることは明らかになっていたはずである。
いくら厳格なメリットシステムを採用しているとはいえ、
戦犯の血縁者は敬遠されたであろうことは容易に想像できる。
官僚試験という狭き門を潜り抜け、さらに血縁という切り離せぬ障壁を乗り越えたエレノワには
想像を絶する苦労があったのであろう。
それは、アイゼンベルクという姓からも窺える。

「お調べすれば、すぐにでも分かることなのでしょうが。」

そう前置いて、ラクスは汚れたリボンを解き結いなおした。

「エレノワさんがお話くださるのを、
わたくしは待とうと思います。」

ラクスの“待つ”という言葉から、
エレノワのこれまでの生活とその歩み、
議長秘書官を志した真意、
そしてエレノワの本心が未だに語られていないことが読み取れた。
しかし、そう言って微笑むラクスには一点の曇りも無かった。
それはいつかエレノワと語り合える未来を信じる
ラクスの思いの強さによるものだった。   



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