5-6 蕾



「こんな感じでいかがでしょう。」

ラクスは、グリーン・アイス・グランデを基調とした
淡いグリーンのブーケを腕の中に抱えていた。
何故、アスランが花を分けて欲しいと申し出たのか、
何故、約束の時刻よりも早くクライン邸へ訪れたのか、
そしてこの先何処へアスランが向かおうとしているのか、
アスランが言葉にせずとも、悼みを帯びた雰囲気から読み取っていた。

クライン邸の穏やかな空気にすっかり染まったように、
アスランはゆっくりと頷いた。
と、ブーケの中の一つの蕾に目を惹かれ手を伸ばした。
ラクスはホイップクリームのような軽やかで甘い笑みを零した。

――やはりそのお花に、手を伸ばすのですね。

そしてラクスはキラへ面差しを向けながらアスランに応えた。

「そのお花が何かは、秘密ですの。」

言葉の意味を解せずに、アスランがきょとんとした顔を上げると
ラクスは微かに眉尻を下げて小首をかしげた。
その表情が詫びているようにも読み取れ、アスランは混乱するが
「はぁ・・・。」
そう、答えるしか出来なかった。

「キラと、お約束いたしましたの。
お花が咲くまで、カガリさんには秘密にする、と。」

漸く思考が追いついてきたアスランはラクスの言葉のキーワードを復唱する。

「キラが・・・、カガリに・・・?」

ラクスは鈴の音のように返事をすると、言葉を続けた。

「はい。カガリさんのイメージにぴったりなんだと、
キラが言っておりました。」

そう言ったキラはきっと、
朗らかな笑みを浮かべていたのであろうとアスランは思う。
眼前のラクスの笑顔を映し出したように。
当時のキラの表情もその声もアクチュアリティを持って再現前化され、
眼前の蒼白のキラとの差異の分だけ胸を刺す。

「きっと・・・。」
その言葉は慰めにもならないのかもしれないと、アスランは思う一方で
言葉にせずにはいられなかった。
「花が咲く頃には、キラも目覚めると思う。」

ラクスはアスランの想いに応えるように、
願いに自らの想いを重ねるように、
瞼を閉じて頷いた。

「はい、わたくしも信じておりますわ。」

ラクスはそう言うとブーケをアスランの腕の中へおさめた。
黒の細身のスーツを身に纏ったアスランに、
淡いグリーンのブーケは鮮やかに映えた。
ラクスはアスランの腕の中の花開く日を待つ蕾に白い指をのばした。
「カガリを一緒に連れて行ってあげてください。
きっとお会いになりたいと思うのです、
パトリック様とレノア様に。」

ブーケに蕾が加えられたのは、アスランとカガリへのラクスの心配りに拠るものだった。
一国の代表であるカガリが戦争犯罪者であるパトリックの墓前へ立つことは叶うはずは無かった。
ユニウスセブンの犠牲者への弔いを行うことは叶っても、
その内の個人であるレノアに花を手向けることも叶わない。
そして、アスランの意向によって合祀された2人の前に立つことも
今の立場を鑑みれば不可能であることは明瞭であった。
カガリ本人の意思と現実が正反対であっても、
今のカガリはそれを受け入れ抱きしめ未来を描く。
いつか、パトリックとレノアに会える日が来るのだと、
そんな世界を作っていくのだと。
それは先の戦争によって獲得したカガリの強さによるものだが、
胸の内に大きな痛みを伴うことには変わりない。
そのことをラクスは、恐らく虚無の中にいるキラも同様に知っていた。
何物にも囚われず自らの意志を尊重して行動できる、
自由を持つキラとラクスとは、
カガリとアスランは異なる。

――お2人はいつも、
  誰かのために心を痛め、
  誰かのために戦い、
  誰かの喜びと幸せを願い続けていらっしゃる。
  ご自分を後回しにされて。

だからこそ、ラクスとキラは思うのだ。
誰かを思うが故に声に出せぬカガリとアスランの願いを、
自分たちだけでも聴き届け、叶えたいと。
先の大戦の時のように、
2人の願いを知りながら見過ごすことなど無いように。

アスランは父と母と自らの思い出に溢れるグリーンの薔薇に控えめに添えられた蕾に目を細めた。
カガリの声が聴こえてきそうで、思わず笑みが深くなる。
「ありがとう。」
アスランがそう言った瞬間に爽やかな風が吹きぬけ
蕾が頷くように揺れた。

「それから。」
ラクスはふんわりと微笑むとアスランの死角であるキラの車椅子の背後から
もう一つのブーケを取り出した。
「こちらも、ご入用なのではありませんか。」
ラクスの腕の中にあったのは、ピンクのチューリップを基調とした
可愛らしいブーケであった。
アスランは眉尻を下げて苦笑いを浮かべた。
「何でもお見通しなんだな。
ラクスは、昔から。」
本日3つ目のサプライズが叶い、ラクスは至極愉快そうに微笑みを浮かべた。

アスランはパトリックとレノアに手向ける花の他にもう一つ、
花を譲ってもらう心積もりであった。
誰よりもラクスへ憧れの念を抱いていた彼女への
せめてもの慰めになるように、と。

「ミーアさんは可愛らしいお方でしたから、
きっと、ピンクのチューリップがお似合いになると思いましたの。」
可憐なピンクのチューリップの周囲にはライトイエローやパープル、アクアブルーなど7色のスイートピーが彩りを添え
カスミソウが全てを優しく包み込んでいた。
可愛らしさと華やかさと親しみを内包したブーケはラクスの抱くミーアのイメージそのままであった。

そして、本日4つ目のサプライズ。
「わたくしたちも、ミーアさんのお墓参りに
ご一緒させてくださいませんか。」

そして再び、
ラクスはホイップクリームのような笑みを零すことになる。




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