5-4 源



全面ガラス張りのエレベーターに差し込む柔らかな日の光が、階を昇るごとに踊る。
イザークはその光の源へと視線を向け、目を細めた。

「今頃クライン邸なんじゃねぇの?」

己の胸の内の言葉が背後から聞こえ、イザークの眉間の皺が深まった。
「ディアッカッ。」
イザークは声の主へ向かって忌々しげに振り向いた、と同時に目的階へと到着した。
扉の先には、2人の出現に慌てた様子で敬礼をする赤服の少年がいた。
彼等に敬礼を返しつつ、イザークは毅然として歩を進めた。

「面倒見いいよなぁ、イザークってさ。」
「何の話だ。」
イザークはディアッカへ視線を向けること無く前を見据えたままぶっきらぼうな返答を返す。
「キラとラクスのこと。
それから、アスランのことも、さ。」
イザークは吐き捨てるように小さく溜息をつき、ゆっくりと瞬きをした。
「貴様は何を勘違いしている。
アスランの休暇申請を受理したのはクライン議長の一刻も早い復帰のため、
それだけだ。」
ディアッカはふっと笑みを浮かべるだけで、イザークへ言葉を返そうとは思わなかった。
何故ならディアッカはイザークの言葉と態度に示さぬ思いを知っていたから。

今は独立自治区ソフィアの独立という政治的局面にあり、
コロニー・メンデルにおける不穏な動きへの警戒を強める必要性があった。
故に議長の復帰は最優先の急務であることは間違いない。
しかし同時に、イザークはキラとラクスを案じていた。
そして、ひとりプラントに残ったアスランのことも。
ディアッカは空を切るように颯爽と歩を進めるイザークの背中を見つめた。

――良い、隊長だよな・・・。

イザークとディアッカは先日のアスランとの会話の意図とは、
今のプラントの内在的問題を伝えることだけではなく、
クライン邸へ向かうように仕向けることでもあった。

――アスランの訪問は、少なくともキラとラクスとって悪いってことは無いだろうし。
   それに、アスランを休ませるには口実が必要だしな。

オーブから技術協力として組していた調査隊は、アスラン一人を残して帰国した。
それからのアスランのワーカホリックっぷりがあまりに彼らしく、
ディアッカは可笑しさ半分に苦笑を浮かべた。

――やりすぎだっつーの。
   全く、昔からだよなぁ、加減を知らないっていうか・・・。

と、展望台の待合室前に到着し扉が開くと、そこは沢山の市民で溢れていた。
子どもたちが駆け回る姿を家族が目を細めながら見守り、
恋人たちが手を繋ぎ寄り添いあっていた。
そしてその先にあるのは抜けるような青空とぽっかりと浮かんだ白い雲。
眼下には人肌のぬくもりと整然さとを持ち合わせた町並みが続き、
そこで”平穏な日々”というものが今日も営まれている。

先の2度の大戦が嘘であったかのような平和な時が、
確かにそこにあった。
脆く儚く、尊い時が。




アスランは芝生の上に足を投げ出して座ると、
懐かしさが体の内側から湧き上がるのを感じた。
その内発的な感覚と感情の不思議さは何処となくくすぐったく、自然と笑みがこみ上げてくる。

――だから、ラクスは・・・。

『本日のお茶会は、こちらで行いましょう』
ラクスはそう提案するなりキラを芝生の上に直に座らせ、
自らはトレーにポットやカップやクッキーなどの茶道具を手際よく並べた。
その洗練された優雅な動作は至って見慣れた光景であった。
その場所が芝生の上であるということ以外は。

「カガリは、」

突然ラクスから発せられたその名に、アスランははっと顔を上げる。
素直すぎる自らの反応に苦笑しつつ、アスランは続くラクスの言葉を待った。

「こうして大地の上で、素足になってお過ごしになるのが
きっとお好きなのでしょうね。」

ラクスはキラにカガリの面影を重ねるかのように
キラの前髪をゆったりとした手つきで撫でた。
ふとその余韻に寂しさが過ったのは、
アスランの目の錯覚ではあるまい。
そっと瞳を細めて、ラクスは視線を流した。

「カガリはご存知のようでしたわ。
今、キラが何処にいるのか・・・。」

と、ラクスはオーブとプラントを繋ぐ公のホットラインを通してみたカガリの姿を
ありありと思い浮かべた。
プラントの機密に直に触れたキラとの交わりはおろか、
キラに関する情報の一切を遮断しなければならない状況下にあるにもかかわらず、
カガリはおそらくラクスよりもキラに近い場所にいるのだと、
ラクスは直感した。
おそらく、それはカガリの意図とは無関係に引き合う引力によるもの。
血という、引力。

「双子のシンクロ、というものなんだそうです。
以前、キラがそうお話してくださいましたわ。」

そう語ったキラの姿を瞳に映し出し、
ラクスは宝物を扱うように優しく微笑んだ。
手を伸ばさずとも、いつも傍にいた。
言葉を発せずとも、分かり合うことができた。

――キラがいて、わたくしがいる。
  それが、永久に続く真実であると、
  わたくしは疑いませんでした。

しかし、今は。
傍にいる。
言葉を発する。
それでも、手が触れ合うことは無く、
言葉は返ることは無く、分
かり合うことは無い。

――キラ。
  わたくしは、今でも信じています。
  これからも信じ続けます。
  キラとわたくしが、共にあることを。

当たり前を無くしてもなお、それを当たり前だと言うことができる。
それは、その思いの強さの現われだ。
そしてそれは其の侭、そのひとの強さを表す。
道を示すラクスの光が曇ることが無いのは、
ラクスが清らかであり続けるのは、
ラクス自身の強さがあるからだ。

しかし――

湧き出る清水の源は豊かな森であり大地であるように、
全てに源が存在するのだとしたら。
その強さとは何処から来るのか?
ラクスの花が綻んだような笑顔に一抹の儚さが香ったことを
アスランは見逃さなかった。
ラクスの強さの源はキラにある。
それを知るアスランは不確実でありながらも確信めいて響く予感を
胸の内に閉じ込めるように瞼を閉じた。

その予感は現実として、確かに彼等に迫っていた。
靴音を高らかに鳴らしながら。 




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