5-3 孤独と孤立



『キラとラクスはカリスマで、
若者の理想で、
正しい姿がそこにあるって、感じ?
国民の大半から愛されてるってのは確かだろうな。
だけど、その愛し方が問題なんだよ。』

アスランはディアッカの続く言葉を静かに待った。

『まるで、信仰するみたいにさ。
2人を神様か何かと勘違いしてんじゃないかって位。
2人はどう見ても人間だし、
結構無茶苦茶な性格してるし?
でも、プラントの国民は勝手に崇め奉ってるって訳。』

その言葉は皮肉であり、同時に事実であるのだとアスランは直感した。
『だが、それをキラもラクスも、望んではいないだろう。
むしろ。』
アスランには違和感を感じずには居られなかった。
コーディネーターとナチュラルを“同胞”として呼びかけたラクスが、
同じ人間の間に階級を作ることを許すとは到底思えなかった。
たとえそれが好意から始まったものであっても。

『そ。おそらく、2人にとっては辛いんじゃないの?』

ディアッカの言葉にイザークが事実を決定付ける。

『それが、クライン邸への来客数にも顕著に表れている、
そういう事だ。』

アスランは思わず掌を口元に当てた。
『知らなかった・・・。』
モニター越しに何度も顔を合わせ、クライン邸へも足を運んでいたはずなのに、
気が付かなかった自分の鈍さにアスランは自責の念を覚えた。

ディアッカは、それを見越したような言葉を掛ける。

『当然・・・、かもな。
だって、そういうの、見せないだろ?あいつら。
だから神様だと勘違いされんだよ。
人間臭さが無いっつーかさ。』

その言葉にアスランを首を振って、低い声を漏らした。

『だからこそ、2人を良く知る人間が、
2人に寄り添わなくちゃいけないんだろう?』

その一人は自分であったのだと知っていたのに何も出来なかった自分に
アスランは奥歯を噛み締めた。
それに追い討ちをかけたのが、イザークの言葉だった。

『貴様、以前に俺に尋ねたな、
“キラ・ヤマト”はザフトでうまくやっているのか“と。』

アスランはゆっくりと視線をイザークに向けると、
厳しくも口元を引き締めたイザークがそこにいた。

『あぁ・・・。』

『俺は“うまくやっている”と答えた。
それはある意味では、正しい。
つまり、ヤツのMSパイロットとしての技量において、
そしてラクス・クラインの補佐官としては、
“うまくやっている”。』

イザークの言葉に2面性を読み取ったアスランは、
次に継がれるであろう言葉に身構えた。
おそらく、“うまくやっている”という言葉とは真裏となる事実が告げられるのであろうから。

『だが、軍人としては“うまくやっている”とは到底言えまい。
奴は軍人では無いのだから。
“ピンクの騎士”と揶揄されても仕方あるまい。』

明らかに、オーブの英雄としてアスランを示す“紅の騎士”を風刺したその表現に、
『なっ。』
アスランは不快を示す声をあげた。

『軍人としては、そのレベルだということだ。』

イザークの言葉には、揶揄する低俗な輩への嫌悪が込められていた。
すかさずディアッカは場の雰囲気を婉曲化させた。

『ま、それで笑ってるキラもキラだけど。』

キラらしい反応にアスランは若干の安堵を覚えたが、
それでもそれを許せるはずも無く、
さらにアスランの思考に過ったのは揶揄が横行する根本的な原因だ。

――まさか・・・。

イザークの言葉が、アスランの思考を現実のものとして決定付けた。

『キラ・ヤマトとラクス・クラインは孤独ではない。
何故なら、2人は常に寄り添っているからな。
だが、2人は孤立しているだろう。
誰も、彼等と対等になろうとはしないからだ。』

アスランは胸を刺す痛みに眩暈を感じた。
誰からも愛されているのに、
誰からも求められているのに、
そして共に歩もうと呼びかけ続けているのに、
誰も隣に立とうとはしないなんて。
愛に包まれた孤立とは、どれほ辛く寂しいものであろうか。

『だから、プラントの問題の表出なんだよ。』

ディアッカの言葉に、アスランは米神に手を充てながら顔を上げた。
イザークはディアッカの言葉を砕いて説いた。

『オーブを引き合いに出せば分かりやすかろう。
プラントもオーブも、現在はそのトップに絶大な支持を寄せている。
オーブは先の大戦を通してカガリ・ユラ・アスハ個人への信頼が高まっただけではなく、
オーブの理念そのものへの誇りが強固なものとなった。
故に、オーブの国民の支持や思いは、カガリ・ユラ・アスハ個人を通してオーブという国へ向いている。
それが、オーブの強さだ。』

イザークの分析はアスランの目から見ても妥当であり、
アスランは小さく頷いた。
そしてイザークは俄に表情を歪めて、自国プラントの状況を説いた。

『だが、プラントは。
ラクス・クラインという個人を支持しているのであってそのベクトルは国へ向いていない。
その証拠に、あれだけデスティニー・プランを支持していた輩が何一つ疑問も苦言も呈さずに
ラクス・クラインを支持している。
この国民は、縋っているだけだっ。』

弱体化したプラントを辛らつに批判するがごとく、イザークは言葉を切った。

『戦いは終わってないんだな・・・。』

アスランの呟くような言葉は、重く低く響いた。
それに呼応するようなイザークとディアッカの視線に、アスランは応えた。

『キラとラクスは戦争が終わっても、戦い続けていたんだな。
プラントの本質的な問題と。』

プラントの問題の所在もその本質も、
おそらくキラとラクスが抱えているであろう孤立に伴う感情も、
生まれ故郷としての当事者性と、孤独と孤立の檻に苦しむカガリを見た過去によって、
痛いほどアスランに分からせる。

くしゃりと表情を歪めたアスランから出た言葉は簡潔なものだった。
『1日だけ、休暇を申請したい。』




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