5-2 花園の秘密
アスランがクライン邸を訪れた、そのきっかけはディアッカの一言だった。
『ありゃぁ、秘密の花園って感じだな。
本人たちの意図とは別にして。』
ディアッカの言葉にイザークは小さく頷いたが、
アスランは、ディアッカにしては詩的な比喩を用いたことに驚きつつも、
その含意を読み取れずきょとんとした表情を浮かべて言葉を返した。
『確かに、クライン邸には庭園があるが、
沢山の往来を考えれば公園に近いんじゃないか。』
まだ婚約関係にあった当時から既にクライン邸の庭園の見事な花々は有名であり
沢山の見物人が訪れ、
私的な庭園は公に開かれていた。
そこにはいつも、花々へ歌を捧げ、来客へ花の名を告げるラクスの姿があった。
その光景を初めて目にしたアスランは驚くよりも先に、
ある懐かしさを感じた。
政界だけではなく多くの市民が憩うザラ家の庭園、
そしてそこに立つ母の姿を、
アスランは無意識に重ねて見ていた。
全て、今は亡きものだった。
だからこそ、瑞々しく輝いて見えたのだった。
『それは、昔の話だろ?』
イザークの声にアスランの思考は現在に引き戻される。
『え・・・。
ラクスのことだ、今だって。』
『あぁ、それこそ植物園かって位、花は咲いてるぜ。
お前だって、戦争の後何度か招かれてるだろ?』
『あぁ。』
ラクスはカガリと共に、両国間に及ばず世界を視野に入れた外交問題についての会議を何度も執り行ってきた。
その度にアスランは、何かとラクスとキラに呼び出され
カガリと共にクライン邸を訪れた。
それは、アスランとカガリがプライベートで会話すら交わさないことを知っていたキラとラクスの計らいであることに
当の2人は全く気が付いていなかった。
アスランは久しぶりに過ごす友との時間に安らぐ気持ちを覚えていたことは確かであり、
そして同じ思いをカガリも抱いていることを知るのは、
やはりキラとラクスだけであった。
――確か、半年前にクライン邸を訪れた時も
沢山の花が咲いていて・・・。
と、アスランは微妙な違和感を感じたが、それを矮小化させる十分な理由も同時に見つけていた。
あの時、来訪者が居なかったのは一国の代表を招くためセキュリティーを強化したからであったと。
『変わったのは、来客が極端に減ったことだ。』
イザークの一言に、アスランは耳を疑った。
『まさか。どうして・・・?』
今でも、ラクスは途絶えることの無い来客のためにクッキーやケーキを焼き、頬を上気させながら忙しくももてなしている、
アスランの過去のものそのままのイメージにキラはぴたりとはまっていた。
プラントはそれまでのデュランダル前議長への熱狂的支持が嘘であったかのようにラクスとキラを受け入れ
今や空前の支持率を維持し続けている。
プラントの国民から、心から愛されているとアスランは疑わなかった。
そして、それは間違いではなかったのだ。
ディアッカは小さく溜息を漏らして、言葉を続けた。
『あいつら、
ラクスとキラは、今やプラントのカリスマ的存在だろ?
熱狂的なくらい。』
“熱狂的”というフレーズが、何故か皮肉めいて響いて
アスランは微かに眉間に皺を寄せた。
『だったら直のこと、往来は増えるんじゃないか?』
――アスハ邸のように・・・。
アスハ邸はクライン邸とは趣こそ異なれど、
多種多様な熱帯系の植物が色鮮やかな花をつけ、果実を実らせている。
そのため、カガリの不在であっても見物の往来は絶えず
旬になれば果実をぎに子どもたちが集まってくる。
『あ、お前、今、
姫さんのこと考えた?』
ディアッカの鋭い指摘に、アスランは二の句が継げずにいると
ディアッカはわざとらしく肩を竦めた。
『バレバレ〜。』
アスランは心をそのまま読まれた羞恥から、視線を僅かにそらした。
『俺はただっ。
アスハ邸と同じように人々の憩いの場になっているのではないかと・・・。』
――相変わらず素直じゃねぇな、全く。
ディアッカはやれやれと内心溜息をつき、話を本筋に引き戻す。
『クライン邸に約束も無く訪れるヤツなんていないぜ。
いつだって庭の門は開いてんのに。』
ディアッカの言う事実に原因を推測する思考が追いつかず、アスランは眉間に皺を寄せた。
『どういうことだ?』
ディアッカはアスランから視線を外すと、
何処か遠い場所を見遣るように目を細めた。
『プラントの問題を、顕著に表してるのかもな。』
ディアッカはそう呟くと、彼等の仮説を説いた。
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