5-36 偶然
「だーかーらー!!
俺等はジュール隊所属の正真正銘のザフトなんだって!!!
何度言ったらわかるんだよっ!!」
シンは怒髪天を突く勢いの剣幕でまくし立てる。
しかし、相対する老人は困ったように眉尻を下げ、
「そう言われても、のぅ・・・。」
と、繰り返すばかりだった。
クライン邸の門の前で、
シンの独り相撲が繰り広げられて早、一刻。
「シンっ!お年寄りにその言葉遣いは無いでしょっ!」
と、ルナが嗜めるようにシンの腕を引いたが
「だって、このじーさんがっ!!
何度言ったって、通してくれねぇからっ!!」
シンの勢いは止まる事無くルナに向けられる。
「仕方無いでしょっ!
私たち、ラクス様にアポも取らずに来ちゃったんだから。
いくらID見せたって、肝心のシステムが調子悪くて読み取れないんだし・・・。
それに、自分の格好、忘れたの?」
そう言ってシンへ向けられたルナの視線からは、
“今日はオフだから、赤を着てないでしょっ!”
そんな声が飛んできそうな程だった。
ばつが悪そうに視線を下げれば、
映るのはジーンズにパーカーのラフな自分の井出達。
ゆるゆると顔を上げれば、そこにはぷいっと顔をそっぽに向けたルナがいた。
ルナもまた、チェックのミニスカートにノースリーブのタートルニットという
市井の女の子と変わらぬ格好であり、
この2人が、いくら自分がザフトであると言葉で言ったところで
何の説得力も持たないことは至極当然のことであった。
守衛の老人は困ったように溜息をついた。
「わしだって、お前さん方を疑っているわけじゃない。
むしろ、誰だって来客は歓迎するように、
ラクス様とキラ様から仰せつかっておる。
ただ、この機械にIDを通してもらう決まりなんじゃ・・・。」
「だ〜!!もうっ・・・。」
シンは髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜると盛大な溜息をつき、
守衛の窓枠に肘を突きながら
「で、何処のシステムが駄目な訳?
俺も直すの、手伝うからさ。」
そう言って室内を覗き込んだ。
ルナはシンの背中を見詰めながらくすりと笑みを浮かべた。
――言葉も態度も悪いけど、
根は素直なのよね。
クライン邸の門の向こう側から風にのって薔薇の香が芳しく香る。
感覚を研ぎ澄ませるように、
ルナが瞳を閉じたとき知覚したのは複数の疾走するような足音。
優雅な香に不釣合いな音に驚き、ルナはぼんやりと門の向こう側へと視線を向けた。
――気のせい・・・?
そう思って目を凝らした先に見えたのは、
「ラクス様ぁっ!?」
SPに抱きかかえられながらこちらへ向かってくるラクス、
その人だった。
良く見れば、桔梗色のワンピースの膝のあたりが泥で汚れ
足に靴はなく
真白な素足から血が滲んでいた。
その有り得ない光景にルナは絶句していると、
シンはルナの代わりに驚きを言葉にしていく。
「何があったんだっ!!」
敬礼も敬語も抜きにして、シンは核心に噛み付こうとする。
予期せぬ来訪者にラクスは微笑みを浮かべると、
歓迎の挨拶を抜きにして核心を返す。
「通信機器をお持ちではないでしょうか。」
この状況で、ラクスから投げられたこの問いの意味を解するために頭が働くよりも先に、
ルナはチェックのスカートのプリーツを揺らしながら携帯を取り出した。
「あの、これしか持ち合わせておりませんが。」
ルナの手に小さく収まった携帯を確認するようにラクスはふんわりと頷くと、
「すぐにジュール隊長につないでください。」
鐘を打ったように硬質な響きの声でルナに命じた。
その声色から、穏やかならぬことが発生したことを感じ取ったルナは瞬時に対応した。
エレノワは門の脇に止められた車とシンを交互に見遣ると
シンは頷くよりも先にロックを外しラクスを乗車するように促した。
シンが運転席に着こうとドアを開けたその手をエレノワは掴み、
そっとシンに耳打ちをした。
「万が一のため、ラクス様のお傍に。」
その簡潔すぎる言葉からも、事態は緊迫していくことを認識し
シンはラクスの座る後部座席へと回った。
重苦しい緊張に満ちた車中、
接続したPCのディスプレイに立ち現れたのは
「はいはい、こちらジュール隊長・・・って、
よぉ、ルナ。
どうした?」
場違いな程飄々としたこの男であった。
「わかりません。
直ぐにジュール隊長を出してください。」
「あぁ?」
ディアッカは早口に告げられたルナの用件を解せずにいたが、
その表情から早急に対応すべきことだけは読み取り
それ以上の詮索を避けてイザークにつないだ。
「なんだ。」
切先の尖った氷のようなイザークの視線を受けたのはルナでは無く。
「ジュール隊長。お願いがございます。」
「ラクス・クラインっ!」
豊かな桜色の髪を乱し熱を帯びた瞳をした眼前の人は
一国を統率する議長ではなく、ただの女であると、
イザークは頭の片隅で思う。
「今すぐに、中央制空司令塔へ連絡してください。
ストライク・タキストスを宇宙へ放ってはならない、と。」
イザークは、何故と問うよりも先に指令を出すために直ぐ横のPCに手を伸ばした、
が、イザークの瞳が肥大したことにラクスは眉をひそめる。
――キラ・・・。
こちらにも、手を回して・・・。
イザークは苦虫を噛み締めたように表情を歪めながら、
叩くようにタイプしていく。
瞳の色がチカチカと変化していくことから、おそらくハッキングを開始したのであろう。
しかし、程なくして何かを切り上げるように溜息を吐き出すと、
目元に左手を宛てた。
横からディアッカが、淡々と状況を解説していく。
「誰かによって、通信が取捨選択されてる。
旅客機等の運行に関する通信は送受信されているのによ。
他の情報は一切遮断されてるぜ。」
“どういうことだ”、そう物語るイザークの鋭い視線をラクスは真正面から受け止めて
静かに答えた。
「キラ、ですわ。」
そう、唯一言。
ルナは息を呑んだまま思考が停止し、
ただ聴覚がその後の会話を捉えていくだけだった。
シンが、意味を解せ無いその会話に介入するより先に、
「やはり、な。」
イザークが洩らした低い呟きに、
すかさずシンは噛み付いていく。
「やっぱりって、どういうことだよっ!
何が起きてるんだっ!!」
「知っていたら、止めていた。
こんな馬鹿なことが出来る奴はあいつしか思い当たらん、
それだけだっ。」
苛立たしげに、しかし誠実にシンに言葉を返すと
イザークは再びラクスを見据え、特務隊隊長としての見解を議長に進言していく。
「申し訳ございませんが、我々が今から出ても間に合いません。
そちらからカリヨンで出た方が早いでしょう。」
ラクスはゆったり瞳を閉じてすぅっと一つ、
深呼吸をする。
見開いた瞳には未来が映っているのではないかと思わせるほど
遠く澄んでいた。
「ジュール隊長、このままアスランに繋いでください。」
――やはり・・・な。
イザークは了解の意を発するより先に回線をつないだ。
――アスラン・・・、
貴様は何を知っている・・・?
キラ・ヤマトは何をしようとしている・・・?
その問いの答えに耳を澄ますように
ただ、黙って。
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