5-35 失踪



案の定、議長専用の移送機には予備の軍服が積まれたままであり、
キラは移送機のコックピットで白服に袖を通しながら

「こちら、キラ・ヤマト。」

格納庫へと音声のみの通信を入れた。
通信先では驚きの声があがったが、それを無視するようにキラはたんたんと指示を出した。

「特務のため、宇宙に出ます。
至急、ストライク・タキストスを準備してください。」

常と変わらぬ穏やかな物言いであるはずなのに、
何処か寥寥とした響きを持つキラの言葉に返す言葉は、
「了解しました。」
それだけだった。

キラは移送機の速度を上げつつ、
やはり備えつけてあったPCで作業を開始する。
それは――




「駄目ですっ!」

クライン邸ではキラの足を止めるため、
中央制空司令室及びストライクが納められている格納庫へ通信を入れるように、ラクスが指示を出した。
しかし、
「システムは全てダウンしていますっ!
これでは回線を開くどころか、邸内の何も動かない・・・。」
エレノワは苛立たしげにPCの画面を睨んだ。
どうして、このタイミングでシステム改修が行われているのかと、
その間の悪さを怨んだ。
しかし、ラクスは知っていた。
PCの画面に表示される“システム改修中”の表示とはおそらく――




キラは格納庫からストライクの準備が完了したとの報告を受けながら、
議長から発せられる情報経路を全て遮断するためのウィルスをセットした。
“システム改修”の後、改修作業中に”運悪くも”紛れ込んだウィルスにより
システム復旧まで時間を要する・・・
それがキラの描いたシナリオだった。
それだけで、時間稼ぎは十分であった。
ラクスの言葉さえ封じてしまえば、自分の行き先を阻む障害物が激減する。
“特務である”そう言いさえすれば、ラクスと婚約関係にある自分の前に立ちはだかる者などそう多くはない。

――巻き込まなくて済む・・・。
   だから、
    ごめん・・・。

キラはキーボードのEnterキーを押した。




「ラクス様、予備システムを作動させましたので、
あと5分でもう一機の移送機が用意できます。
さ、こちらへ。」
そう言ってニコライがラクスに手を差し伸べたが、
ラクスはテラスから真直ぐに宇宙を見上げたまま、動かない。

「移送機に乗ったところで、
3分程でシステムがウィルスに侵されていることが判明することでしょう。」

まるで、春の空を映したような瞳で未来を見ているかのように。

「まさか・・・っ!」
エレノワは驚愕のあまり瞳を見開き、画面に表示された“システム改修中”の文字に見入った。

「出発してすぐに不時着し、
その後、お車をお借りしたところで、
移送機には追いつけませんわ。」

そう言ってラクスはゆったりと瞳を閉じ頬に長い影を落とした。

――キラ・・・。
   守るための剣を
   自らの胸に突きつけてはなりません・・・。

「とにかく、外部と連絡を・・・」
そう言ってニコライは胸元から携帯を取り出したが、
「これは・・・一体・・・。」
ディスプレイに表示されているのは “スタンバイ”の文字、ただそれだけ。
言葉を失ったニコライを横目に、エレノワも自らのそれを取り出したが
そこには同様の文字が映されているだけだった。
「どうして・・・。」
エレノワは血の気が引いた体を、冷たい汗が滴るのを感じた。
状況から判断して主犯は、キラである。
その結論は受け入れ難くも明確であり、犯行の手段はあまりにも周到で言葉も出ない。
眠り続けていた彼がこの犯行のための準備が出来たはずがなく、
ラクスと会話をすることも不可能である彼が外部と接触することが出来たはずがなく、
故に共犯者がいるとは考えられない。
全て、キラ自らの犯行――。
その場にいる誰もの脳裏に浮かぶ疑問が確かな重力を持って彼等に重くのしかかり、
呼吸することさえ躊躇われる程だった。
しかし、その間にも刻々と、
秒針は時を刻んでいく。
そして、その分だけキラの終焉が近づいていく。
一秒ごとに重さを増していく沈黙を切り開いたのは
ラクスの鈴の音のような声だった。

「参りましょう。
キラの元へ。」

エレノワは未だ重苦しい空気から抜け出せず、
不自然に乾いた喉から掠れた声を漏らした。
「でも・・・、キラ様の行き先が・・・。」

「キラの行き先は、地球です。」

凛と響くラクスの声に、エレノワは肌が粟立つのを必死に押さえた。
何故、と問わずともラクスには、分かるのだろう。
キラの思いも、
キラの行為のその先も。

「キラはストライクが納められた格納庫へと向かい、
それに乗って地球へ向かうはずです。
キラを、追いましょう。
いかせては、なりません。」

「でも、どうやってっ!
移送機は使えませんし、車だってっ!!」
システムが回復しなければ動かせない。

ならば。

「参りましょう。」

ラクスは迷わず、
開け放たれた寝室のテラスから庭へ向かって駆け出した。
桜色の髪を揺らしながら。



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