5-30 粉雪
「キラっ!
何処だっ、キラーっ!!」
キラが目の前から消えても直、
カガリはキラの名を呼び続け、
その姿を追って真白な雲海の中を歩き続けた。
叫びに近いその呼び声がキラに届くことは無く、
求める人の声が返ることは無く、
ただ真白な空間に飲み込まれていくだけだった。
歩を進めるごとに濃くなる闇のような白い霧に
本能がこれ以上此処に居てはいけないことを告げる。
それでも。
「キラーっ!!」
カガリは半身の名を呼び続ける。
――泣いてる場合じゃないだろっ。
カガリは自分に渇を入れながらも、
涙は止め処なく溢れていく。
それが、自分の希望を自分が何処かで悲観している証拠のように思えて
カガリはぐっと涙をぬぐった。
「キラっ・・・!!」
キラの見詰めていた逝く先へ向けて声をあげたその時だった。
カガリの視界が反転し、転んだように体は横たわっているのに
その衝撃も痛みも感じない。
不可思議な状況から脱しようと起き上がろうとした。
が、
「足が・・・っ!」
凍りついたように硬く冷たく動かなくなっていた。
「くっそぉっ!」
足先の感覚はもはや無く、
冷たさに侵食されるように体の自由が奪われていく。
それでもカガリは視界を滲ませ
未来を歪ませ
思考を負の方向へ圧する何かを振り切るように、
涙を拭って腕で体を支えるように身を起こした。
「キラーっ!!」
カガリは半身の名を呼んだ。
呼び続けた。
取り戻さなければ、
取り戻せなくなる。
キラが見せた最後の微笑みから直感した。
キラは、死を望んでいるんだって。
――死なせないからなっ。
絶対に。
体を支える両腕のうち、先に駄目になったのは左だった。
ガクンとバランスを崩し、頬が雲海に付くとふわりと靄が立ち上り
粉雪のようにカガリに降り積もっていく。
カガリが真白な闇に埋もれていく。
飲み込まれていく。
決して消えない希望の火を胸に燈しながら。
しかし、その火が降り積もった雪を溶かすよりも早く
真白な闇が全てを覆いつくしていく。
カガリは首を左右に大きく振り積もった粉雪を振り払うと、
残った右腕を折り肘をたてて体を起こした。
魂を削りきるように自分に残った力を全て注ぎ込み、
半身の名を呼ぼうと息を吸い込んだ。
その拍子に唇から口内へ入り込む塵灰のように細やかな雪は
体内に入り込んだそばから生命を奪うように
体の自由を奪っていく。
キラに届くようにキラの魂に響くように
――顔を上げて前を向けっ。
そうカガリが自分を叱咤した瞬間、
意志とは無関係に、
右腕も駄目になった。
「・・・キ・・・ラ・・・・・・・。」
舞い上がった闇という名の粉雪が。
逝く先から絶え間なく降り注ぐ粉雪が。
カガリの体を取り込むように覆っていく。
何処までも続く白い闇が、
しんしんと降り積もっていく。
カガリは胸のと燈し火を守るように体を丸めた。
その姿はまるで、母の子宮に眠る胎児のようだ。
カガリは魂に向かって半身の名を呼ぶ。
――キラ・・・。
一つの命を分け合って生まれてきた私たちは、
一つの魂を分け合って生まれてきた・・・。
そうだろう?
カガリは重くなった瞼の重力に抗うように瞬きを繰り返す。
――私たちは、同じだ・・・。
同じ、命だ・・・。
だから、キラ・・・。
キラも生きていいんだぞ・・・。
瞼に映るのは苦しさにもだえ苦しむキラの姿と
甦るキラの声にならない叫び。
――キラと一緒に生きたいんだ・・・。
この世界で・・・。
みんな、そう願ってる・・・。
――キラ。
お前の胸に触れた時、
鼓動は聴こえなかったよ。
でも、確かに聴こえたんだ。
ラクスの祈りの歌が。
――キラ、お前は本当は知っていたんだろう?
耳を塞いでいただけだろう?
――キラ、
お前の本当の望みは、
死ぬことなんかじゃないだろう・・・?
――なぁ、キラ・・・。
カガリは瞳を閉じた。
胸に燈した希望の燈し火を消すことは叶わぬとも、
その火を埋めることは可能だ。
隙間無く、覆い隠してしまえばいい。
そうすれば、その火は消えたも同然なのだから。
「カガリ・・・。」
自分の名を呼ぶ声がする。
「カガリ・・・。」
左の薬指が、
熱い。
「カガリ・・・。」
カガリが呼びかけた人では無い、
それでもカガリが求め続けていた人の声・・・。
聴きたかったあなたの唇から、
私の名を。
「カガリ・・・。」
「アス・・・ラン・・・。」
――瞳を開けば、
やっぱり真白だったけど、
それでも逝く先に流されていく私の手をとってくれたのは、
アスランだった。
――手をとって、
指を絡めて。
「離さないで・・・。」
――そう言ってしまった。
ずっと欲しかった。
このぬくもりで、あたためて欲しかった。
折れそうな自分を。
そんな資格、無いのにな・・・。
「一緒に・・・、探して・・・。
キラが、居ないんだ・・・。
居なく・・・なるんだ・・・。」
カガリは頬にあたたかなぬくもりを感じて瞳を開いた。
映ったのは、自分が呼び続けた半身ではなく、
自分を呼び続けたアスランだった。
ゆっくりと頬をすべる親指にその仕草に無条件の安堵を覚えて、
笑って安心させてやりたいのに
涙ばかり溢れて頬を伝うから、
アスランの親指が休まることは無く。
まるで自分が
“もう一度、もう一度”
そうねだる子どものように感じられた。
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