5-27 半身



一昨日の上院議会で可決となった独立児地区ソフィアの独立承認についての資料一式を手に、
エレノワはキラの眠る部屋のドアをノックしようと手を挙げた。
すると、その扉の向こうから静かに、だか切迫した声が漏れ聴こえてきた。

「心臓停止です。」
「通しますか?」
「いや、このままレベルをあげよう。」

そしてしばしの沈黙。

「駄目です、回復しません。」
「仕方ない・・・、皆、離れて。」

そして、何かが落下したような、跳ね上がったような衝撃音の後、
数秒の沈黙。

「駄目です、心拍振れません。」
「もう一度だ。」

数秒の沈黙の間に行われているのは、
キラの蘇生治療であることは想像に難くなかった。

ラクスは一昨日の上院議会に欠席しただけではなく
当初予定されていた演説さえも断った。
上院議会で行われたソフィアの独立承認の決議は、下院同様にきん差で競ることが予想されていたが、
その予想を大きく覆すように圧倒的多数で、ソフィアの独立を承認する法案が可決された。
ラクスの政界不在が追い風となり、この結末を招いたという事実に疑う余地は無かった。
プラントだけではない、世界を動かす政治的局面よりも
ラクスはキラの傍にいることを選んだ。
真直ぐに、
躊躇わず、
振り向くことも無く、
引かれるような後ろ髪さえ残さずに。

断続的に停止するキラの鼓動が再び生を奏でることを一心に願って、
ラクスはキラに寄り添い続けた。



此処が何処であるのか、キラとカガリにとってはどうでもよかった。
雲海のように広がる足元の白い靄に浸かりながら、
それでも足の裏から感じる感触は大地のそれでも、
水のそれでも無かった。
遺伝子の引力によって引かれ合った魂が、ここにある。
遺伝子が共鳴するように、
それが真実であると2人に告げていた。
カガリは指先で、
掌で、
あたためるようにキラの頬に触れ、

「ほらっ、同じだろ?この瞳も、」

白く細い指でキラの目元をなぞり

「頬も、」

頬を包み、

「唇も。」

唇に触れた。
自分との共通項をなぞっていく、
ただそれだけの行為なのに、

「おんなじだ。」

キラにとっては、その太陽のような笑顔が
生命を象徴しているように眩しかった。

――生命が欲しいと思った。
  だから、カガリと同じになれば、
  自分も生命になれるのではないかと、
  そう思った。

しかし、その思考は現実化される前に
絶望によって無に帰す。
何故なら、
自分は人間では無いのだから。
人間である資格など
有る訳無いのだから。

――その僕が、
   カガリと同じになれる筈が無い・・・。

――絶望=苦悩−意味
   絶望が∞だと仮定すると、
   苦悩−意味の計算式そのものの意味が無くなる。
   だって、
   どんなに計算したとしても
   ∞の絶望という存在に
   全て飲み込まれるんだから。

たとえどんなに自らの存在を肯定し、
未来を志向する思考をめぐらせたところで、
キラの遺伝子に刻み込まれた闇に飲み込まれていく。
生命が欲しいという、
未来を志向する思考さえも
その闇に比せば蜘蛛の糸より細く儚い。



「僕は、生まれてきちゃいけなかったんだ・・・。」

真直ぐに逝く先を見据えたまま語るキラの瞳は紫黒に染まり、
透けるように青白い顔にあまりに強く映えた。
その瞳に一抹の光も射すことは無く、
果て無き闇を宿した瞳に
何も映すことは無い。
眼前のカガリの、陽の光のような輝きをも吸い込んでいく。

「何言ってるんだっ!!」

カガリはキラの肩に手をかけると、力いっぱいに揺すった。
掴んだ拍子に砕けそうな程細い線を感じ、
カガリは内心愕然とするが、
それを凌駕する感情が先行していく。
カガリの手加減なしにぶつけてくる感情をいなすように
キラは力なく視線をずらした。

「カガリは、知らないから・・・。
僕が生まれた理由も、
意味も、
此処に僕がいる、
その意味も。」

――僕が、世界を壊したんだ。
   生命を、汚したんだ。
   僕は、生まれてきちゃいけなかったんだ。

「だから、僕は、
この世界にいちゃいけないんだ。
生きていちゃ、いけないんだ・・・。」

「バカヤロウっ!」

メンデルの事故以来繰り返しなぞられ
寸分たがわぬほどに感性されたキラの思考を砕いたのは
胸を叩くようなカガリの叫びだった。

「キラは生まれてきて良かったっ!
私は、キラと出会えて良かったっ!
キラと兄弟で、良かったっ!」

キラは薄く微笑もうとしたが、
眉も頬も凍りついたまま動かない。

「僕も、そう、思っていたよ・・・。
でもね、真実は違う。」

何も映さない瞳の奥には、メンデルの事実を全て内包しているのに、

「違う、それは“キラの”真実じゃないっ!」

一点の曇りなきカガリの瞳の奥には、それの欠片も無いのに、
カガリは本質を射抜いていく。

カガリが言うことが真実であったとしても、
キラはそれを肯定することは叶わない。
何故なら、キラの中でキラの生と世界の存在は共存しないのだから。

「違うっ!!!ちがっ・・・・。」

キラは掻き毟るように頭を抱えて大きく身悶えた。
キラは肩を揺すりながら浅い呼吸を繰り返し、
カガリはキラの一気に噴出した感情を全て受容するように
抱きしめた。  



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