5-26 絶望の淵で



――私は、 慰霊碑で新しい花を植えていたんだ。
   そして、 子どもたちを胸に抱きながら、
   大地のぬくもりを背中に感じながら、
   花の香のあまりの芳しさに包まれながら・・・。
   私は宇宙へ向かって手を伸ばしたんだ。

――太陽の光が掌を射し、
   血潮が見えた。
   指の間から漏れる光の眩しさに瞳を細めた
   あの時。

――吸い込まれるほど白い光の中に
   私は確かに
   キラの背中を見たんだ。

――指の隙間から漏れていたのは
   確かに陽の光だったのに・・・。
   遠ざかっていくキラの背中のその先に広がるのは
   白く染め上げられた闇のように思えたんだ。

――だから、私は手を伸ばしたんだ。

「キラっ!!」

――そっちへ行っちゃいけないと、
   本能が言った気がしたんだ。
   だから、全力で手を伸ばしたんだ。

「キラっ、駄目だっ!!」

――きっと、声は届いていたと思う。
   なんとなく、わかる。
   でも、キラは振り向こうとしなかった。
  
――だから。

「待てって!」

――私はキラの手を掴んだんだ。
   その手があまりに冷たくて、泣きそうになった。
   寒かっただろ、
   そう言って背中から抱きしめてやろうと思ったんだ。



カガリが掴んだキラの指先は硬く凍てついていた。
そしてその冷たさをカガリは、痛い程に良く知っていた。
メンデルで発生した事故を境に温もりが欠落した
自らの掌と胸の内の冷たさと、同じだったから。
カガリは感じ取った事実に怯む事無く、
キラにこちらを向かせようと大きく腕を引いた。
姿勢を揺らめかすように振り向いたキラの顔は
背景がす透けて見えるほどに蒼白で
力なく開かれた瞼の奥の瞳に眼光は無く
ただ吸い込まれるような紫黒がカガリの胸を刺した。
錆付いたようにぎこちなく、口元だけをゆるめたキラは
儚くて 儚くて。

――キラがいなくなる、
   そう感じたんだ。

カガリはキラの存在を繋ぎ留めるように
渾身の力を込めて抱きしめた。
此処が何処で、
何故此処に存在するのか、
そんなことはどうでも良かった。
ただ、このままではキラを失うという
根拠を要しない程確信的で
迸る程衝動的な感情が、
キラを抱きしめるカガリの腕の力となって表れた。

「お前っ!何処行くんだよっ!!」

キラの胸に顔を埋めながら、カガリは額を押し付けるように顔を左右に振った。
キラは、良く知る半身の仕草に
錆びて固まった頬を動かそうとして、
諦めの色を濁した。
笑うという 行為の意味が、
分からない。

「答えろよっ!
何処行こうとしてたんだよっ!!」

カガリは氷のようなキラの胸の冷たさに
吸い込まれるような哀しみを感じ取り、
遅すぎた交わりを取り戻すように
抱しめる腕に力を込めた。
そうして埋まっていく頬から感じるはずの
キラの鼓動が、 無い。

「キラっ!!」

キラはまるで未来を仰ぐように
真直ぐに逝く先を見据えていた。
表情の欠落した顔は、
泣いているようにも笑っているようにも見える。

自らの名前を呼ばれた気がして、
キラはふと視線を下げた。
そうすると、半身がしきりに自分の胸に耳をあてては
何かを探し求めていた。
その度に、相変わらず肩で跳ねた金糸の髪がゆれて
輪郭を擽るから
キラはまた頬を緩めようとして、諦めた。
自らの行為も カガリの行為も、
意味が、分からない。

「・・・お前・・・っ。」

そう言って顔を上げた半身は、
琥珀色の瞳いっぱいに涙をためながら キラを睨んだ。

――あぁ、カガリが怒ってる・・・。

ぼんやりとキラはそう思うと、
豊かに表情が変わっていく半身を見て
感じたままの言葉が
口から零れ落ちた。

「カガリは、人間だね。」

――僕とは違うんだ・・・。

カガリは、キラの声が鼓動の代わりに胸からきこえた気がして
大きく首を振りながら 震える手を青白いキラの頬に寄せた。
その頬は、人間の頬とはかけ離れ
磨いた氷のように冷たく硬い感触が指先から伝わった。
何がそうさせたのか分からない。
それでも、キラは人間だから。

「バカヤロウ!!
同じだろっ!
キラもっ、 私もっ、 みんなっ!!」

カガリの頬を伝った涙は、
何処までも澄んでいて
キラはそこに人間のぬくもりが在るのだと悟る。
思わず触れそうになった一滴に、
弛緩しきった腕は動かない。
その行為の意味が、
分からない。
何故なら、

――死を待ったのは、
   僕なんだから・・・。

絶望の淵に立つキラは、
自らの逝く先に紫黒の瞳を向けた。 



← Back    Next →                       


Chapter 5   Text Top Home