5-24 闇へ
オーブの常夏の蒼い空は、雲ひとつなく広がっていた。
抜けるような青空を押し上げ、
青空を抜けてその先の無限に広がる宇宙に触れるように、
カガリは手を伸ばした。
その先に眠る無数の命に触れるように、
無限に広がる未来に届くように。
不断の意思を映したようにしなやかに真直ぐに伸びた腕が、
広げられた掌が、
その瞬間、
土に落ちた。
まるで糸が切られたように、
カガリは土の上で動かなくなった。
その異変に気が付いたのは
カガリの胸の上にのったどの子であっただろうか。
「あれ?」
小首をかしげ、両親へ顔を向けてこういった。
「カガリ様の胸が、つめたいの。」
カガリの表情は、転寝をしているかのように安らかで、
しかし転寝とはかけ離れ、
新雪を思わせるほどに白く冷たかった。
常夏の青い空と、熱くおおらかな潮風を劈いたのは、
無数の悲鳴と叫びだった。
「カガリ様っ!!」
「誰か、レスキューをっ!早くっ!!」
「ドクターはいらっしゃいませんかっ!!」
「うわぁぁぁぁぁん!!」
「意識がありませんっ!何でこんな・・・っ。」
「呼吸はっ。」
「呼吸も脈も微弱です、早く処置をっ。」
「おぉ・・・、ハウメアの神よ、カガリ様をお守り下さい・・・」
その様子はメディアを通してライブで全世界に映し出された。
無論、アスランの瞳にも嘘のように安らかに眠るカガリの姿が映り、
「カガリっ!!」
条件反射的に呼んだその名がカガリの耳に届くことは無い。
同時刻。
「キラ・・・?」
ラクスはベッドに半身を起こした状態のキラの異変に気が付き、
至極落ち着いた声でキラの名を呼びかける。
「キラ、聴こえますか?キラ。」
キラの肩をゆすり、次いで手首に指を宛て同時に口元に耳をかざす。
ラクスは瞬時に症状を把握するとベッドに備え付けたベルを鳴らした。
「ドクター、至急こちらまでお越し下さい。
キラの意識が、戻りません。」
ベルと同時に開かれた通信に呼びかけるラクスの声色は凪いだ湖のように静かだった。
ラクスはキラの掌に自らのそれを重ね、
キラを繋ぎ留めるように指を絡めた。
まるで祈るように、重ねた掌を額に押し当て
キラの心に触れるようにその名を呼んだ。
「キラ、聴こえますか。
キラ、こちらです。」
果て無き闇の中にいるキラに、往くべき道を示す光となるように
ラクスはその名を呼び続ける。
呼び声は闇に吸い込まれ
返ることはおろか、キラに届くことも無い。
それでも、ラクスは泉のように溢れる光を注ぎ続ける。
闇の中のキラを光で満たすように。
キラの眠る部屋の扉が開くと、複数の医師が足早にキラを取り囲み
「ラクス様、失礼いたします。」
ラクスの手をキラから離し手早く症状を診ていく。
そうして初めてキラ意外へ意識を向けた瞬間に、
モニター越しにラクスの瞳に入ったのは、
「カガリ・・・っ。」
幻想的な程美しい花で溢れる大地に横たわり、
キラと同じ表情で瞳を閉じたカガリの姿だった。
その瞬間、直感的にラクスは悟る。
――キラとカガリは、
同じ場所にいるのですね。
手を伸ばせば触れられるのに、
腕を回せば抱きしめることができるのに、
指を絡めれば手を繋ぐことができるのに、
ラクスは決してキラの魂に触れることが叶わなかった。
そして今、宇宙を越えて大地に眠るカガリが
空間も肉体も越えてキラと共にある。
ベッドに横たえられたキラの口元には酸素マスクが宛がわれ
腕には点滴を打たれ
チューブに薬が投与されていく。
処置の全てが流れるように施されていくのに、
それは生存を目的とした行為であるのに、
施せば施すほど生をかけ離れていくように感じるのは何故だろう。
波打ち際で心地良く足を浸しても、
心地良いはずの波が寄せては返す度に
足の指の隙間から砂を奪い足を攫っていくように、
その事実は目に見えずともゆっくりと
でも確かに抗い難い何かによって
キラとカガリは闇にのまれていく。
「キラとカガリが、
生から離れていかれる・・・。」
ラクスはキラの掌に自らの指を固く絡めると
晴れ渡った春の空のような瞳を閉じ
鼓動を感じるように身を静めた。
深く、ゆっくりと空気を胸に孕むと、
光で包むような祈りの歌を捧げた。
2人が、帰ってくるように。
帰り道を、往き道を、
導き照らすように。
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