5-17 あの日、レセプション会場で



アスランの聴覚を確かにディアッカの声が刺激しているはずなのに、

「始めは若すぎる独立自治区の総代への中傷のつもりだったらしいけど。」

その声が何処か遠くくぐもって聴こえてくる。

「“ナチュラルの鋼鉄の女が、お似合いだ”ってさぁ。」
「しかし、並べてみればこの通りだ。
中傷が興味へ、
興味が本気へ移ろいだのだろう。」

そう言うイザークの声も、そ
の事実だけを繋いで下される判断も、
どこか遠く感じるのに
鈍い痛みだけがあまりに明瞭で眩暈がする程だ。
思考と感覚が、
ゆっくりと乖離していった。

ディアッカは、アスランの表情が冷たく硬くなっていくのを感じ取りながら

――やっぱ、やりすぎたか?

若干のフォローを入れることに切り替えた。
が。
イザークがこの手の感情の機微を気に留めるはずも無く。

「カミュ・ハルキアスにとっては、まんざらでもない話だそうだ。」

――うぉいっ!!!
ディアッカは胸中で、イザークに総ツッコミを入れたが、

「え・・・?」

思わず漏れたアスランの驚きを押し殺したような声に、
イザークは淡々と事実を告げた。

「先月のラクス・クラインの婚約レセプションの際に聞いた、
カミュ・ハルキアスと交流の深い政治家にな。
奴は“お近づきになりたい”と、言っていたそうだ。
現に、試みたようだがな。」

“お近づきになりたい”というカミュの言葉をそのままの意味で受け取るよりもむしろ、
より親密な関係を意識する方が自然である。
そして、アスランの胸中を煽ったのはイザークの最後の言葉。

――試みた・・・?

「って、どういうことだっ。」

言われも無いのに責められるような鋭利な視線を向けられたイザークは、
その視線をいなすように外すと、
同様に事実をたんたんと述べた。

「レセプションで一緒にいるところを見た。
もっとも、カミュ・ハルキアスは終始カガリ・ユラ・アスハを目で追っていたように俺には見えたが。」

イザークの言葉にディアッカは同意して続いた。

「確かにな。ずっと姫さんを見てる感じは、した。」

――でも・・・。

ディアッカは眉間に指を当てて、当時の光景を粒さに思い起こそうとした。
カミュの視線は、通常の恋情からくる視線と結論付けられない程の奥行きさえ感じさせるものだった。

――あれは、何だったんだ・・・?

感覚以外の根拠を探すディアッカがふと視線を上げると、
穏やかな表情のまま冷たく固まったアスランが目に入った。

――やべぇ、かも・・・。

一定以上の感情の揺れを知覚すると、アスランは決まってこの表情になることを
ディアッカとイザークは知っていた。
感情を押し隠す、アスランの癖。
アスランを常に穏やかで優しい人間だと言う者は、
その癖を知らぬ者だ。
本当の彼は、胸の内で激しく感情を燃やしているのに。
そこでディアッカがフォローを入れようとした時に口を開いたのは、
やはりイザークだった。

「試みた、とは言え、
失敗に終わったようだがな。」

当時の事実だけを述べてきたイザークの言葉は、
どんな言葉よりもアスランの思考を浮上させる力を持ったであろう。
アスランの視線を感じながら、イザークはさらに言葉を重ねた。

「キラ・ヤマトとラクス・クラインが間に入って、
カガリ・ユラ・アスハを連れ出したからな。」

イザークの絶妙な天然フォローに、ディアッカは胸の内で親指を立てた。

――ナイスっ!

が、アスランにとってはキラとラクスが行動に出たという事実から
事態を過大に受け取ることになった。

「そいつに何かされたのかっ!」

つまり、カミュにあらぬことをされたカガリを助けるために
キラとラクスが動いたのだと。
押さえてもなお勢い余るアスランの感情の迸りに、
ディアッカは苦いような表情を浮かべた。
ディアッカもまた、知っているのである。
想いを伝えられない苦しさも、
想いを伝えないための強さも、
想いの強さの分刺す胸の痛みも、
それでも想いをあたためつづける覚悟も。

イザークはアスランの感情の指向性とはねじれの関係にあるように思考を運ばせ、
眉間に皺を寄せた。

「何も無かった。
むしろ、カミュ・ハルキアスは絵に描いたように紳士的だった。
俺が腑に落ちないのはそこだ。
何故、キラ・ヤマトとラクス・クラインはカガリ・ユラ・アスハを奴から引き離そうとしたのか。
何も、起きていなかったのにも関わらず。」

イザークは口を結ぶと、エスプレッソが入ったカップをゆっくりと口に運んだ。

「何も、無かった・・・?」

アスランは口元に掌を当てて思考を深めていく。
何も無いのにキラとラクスが揃って動くはずが無いというイザークの判断は妥当であろう。
しかし、それを正とするならば “何も無かった”というコンテクストが覆ることになる。
そして、もう一点見逃してはならないのはキラとラクスが介入しただけではなく
カガリをカミュから引き離したという事実である。
キラとラクスは、物事を俯瞰する位置で行く末まで見守る姿勢でいることが常である。
例えば、転びそうな子どもがいても、
キラとラクスは足元の小石の存在を気づかせるよう声をかけることも、
躓く瞬間に抱き上げることも、しない。
躓いた子どもを抱きしめ、慰め、治療をし、
そして子どもが元気に歩き出すまで傍にいるだろう。
その一方で、二度と子どもが小石で怪我をしないように道の小石を拾い、
青い芝生を敷き詰め花を植えるだろう。
静かに、
穏やかに、
あたたかく見守り続けるキラとラクスが行動に出たこと自体が、
可視化も認識もされぬ何かを含意している可能性を示していた。
可能性を確信として持っているのは2人だけであることは、
カミュとカガリの間に介入したのは2人だけだったことを鑑みれば想像に難くない。
そして、その場はおろか会場に同席することすら難しかったアスランにとって、
キラとラクスが確信するものが何であるのか、
推測できるだけの材料が乏しすぎた。

――だが、キラとラクスはカミュを牽制している可能性が高い・・・か。

アスランの推測の域では、それが限界であった。

――それならば・・・。

アスランの思考は脱線した話の軌道を本筋へと修正していく。

――ラクスがソフィアの独立へ消極的であることの根拠の一つになる。

これまでの議会の演説においても、ソフィアとの直接交渉においても、
ラクスは一貫して独立に際しては、対話の時間を重ねることを強調していた。
現に、ソフィアとプラントの間では慎重すぎると批判が出る程に協議の場が設けられてきた。
しかし、そこで成されたのは対話というよりもむしろ
ソフィアの全うな主張をやんわりとかわしながら行われる引き伸ばしであった。
それがラクスの意図したことではないのは火を見るより明らかであったが、
ソフィアの主張の正当性と、ソフィアが提示した独立戦争を辞さない覚悟に、
同じコーディネーターであるという同胞意識が折れた形となった。
そこまで進んだアスランの思考を有無も言わさずに、
しかし軽妙に転換させるのは、
やはりディアッカであった。

「やっぱラクスは議会に欠席したんだな。」

そう言うディアッカの言葉は、それを非難する訳でも支持する訳でもない
フラットな声で発せられた。
アスランの脳裏に、クライン邸の花園で見たキラの様子がありありと甦り
ラクスであればキラを最優先するであろうと納得したが、
はたして国民は、
議会は、
それをどう受け取るのであろうかと
不安にも似た疑問が過った。   



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