5-16 2輪の向日葵
「確かに、カガリ・ユラ・アスハは
男の俺でも男前だと思う時がある。」
と、真面目に分析するイザークに、
「待て、カガリは女だっ!」
大真面目に返すアスランもアスランだ。
そのやり取りを横目で見ながら、ディアッカは笑いを喉元で押し殺した。
――つーか、あいつが女とか言うと、
妙にエロく聞こえるんだけどっ。
アスランの馬鹿の枕言葉が付く程の真面目さと、
おそらく不本意であろうニュアンスに、
ディアッカは緩む口元を掌で隠した。
――くくっ、暇しねぇっ。
この状況を最も楽しんでいたのは、やはり彼であり、
そしてこの状況を仕掛けたのもやはり彼なのだ。
「そんなこと言って、
お前、姫さんのこと男だと間違えたくせに。」
にやりと片側の口角を上げたディアッカに、
ほぅ、とニヒルな笑みを浮かべたイザークは、
「貴様、最低だな。」
的確なダメージを与える言葉をお見舞いする。
男と間違えたことが事実である以上、言い返すことが出来ないアスランは、
ぐっと瞳を閉じて逸れ始めた話の筋を戻すしかなかった。
「代表が他の国の男に似ているとは、
穏やかな話じゃないだろう。」
アスランの言葉は最もであったが、
相手は最強最悪の戦友たちである、
言葉の正当性が敵うはずが・・・無い。
「穏やかじゃないのは、お前の心中だろ?
姫さんが、他の男に似てるだなんて聞いたらさぁ〜。」
わざとらしく肩を落として同情の表情を浮かべるディアッカを見て、
アスランは漸く気が付いたのだ。
自分は彼等のおもちゃにされている、と。
アスランはすぅっと溜息をつくとPCのディスプレイを覗き込み、
その拍子に垂れた前髪を掻きあげた。
「だいたい、何処が似ているというんだ。」
“こんな男に”、という語尾を飲み込んだような言いようを受けてたつように、
ディアッカは余裕の笑みを浮かべたままカガリとカミュの画像を並べた。
ディスプレイに表示されたカミュの画像は、
独立自治区ソフィアの総代就任式のものであった。
隣に並べられたカガリの髪の色はブロンドで、柔らかなねこっ毛が肩で元気に跳ね返っている。
方やカミュの髪の色はブロンドブラウンでカガリに比してやや暗色ではあるが、
照明の光の加減であろうか光輝いて見える。
そして、カガリとは異なる跳ね返りの無い髪はおそらく同じくねこっ毛なのであろう、
風に靡く様から質感の柔らかさが窺える。
そして何より目を引くのは、
その瞳だ。
カミュの瞳は、カガリと同じく意思を宿したような琥珀色であり、
暁を思わせる朝日のような輝きを放っていた。
目鼻立ちの共通項だけではない、
何か可視化されぬ共通項による引力を2人の間に感じたのはアスランだけでは無く、
その事実がアスランの胸騒ぎを杞憂として帰結させることを拒んだ。
並べられた男女のあまりに絵になる姿に、
先に反応を示したのはイザークだった。
「ほぅ、言われてみれば確かにな。」
フラットに両者を見比べて判断された声は、
アスランと対極的に冷静だった。
「だろ?姫さんの目鼻立ちとそっくりだし、
瞳の色も同じだし。
それに、」
といって、ディアッカはカガリとカミュの画像を切り替えていく。
「姫さんは凛々しいイメージが強いけどさ、
笑った顔は人懐っこいじゃん?
で、これ。」
そう言って示されたのは、カガリのひまわりのような笑顔と・・・。
アスランが思わず瞳を開き、口元を掌で覆ったのをディアッカは見逃さなかった。
――あ、やりすぎたか?
ディアッカはチロリと舌を出してばつの悪さから頭を掻いたが、
そんな仕草がアスランの目に入るはずが無かった。
アスランの眼中にあったのは、鏡に映したような2人の笑顔。
それはまるで、
2輪のひまわりの花。
「絵になる程、似ているな。」
アスランの心理状態を完全に無視して、イザークは思ったままの感想を述べる。
他意が無い分正確な言葉は、容赦無くアスランの胸を刺す。
が、やはりそんなアスランを気遣うこと無く
イザークは思い出したように言葉を繋いでいく。
「そう言えば、ソフィアの一部では噂になっているしな、この2人は。」
それまで黙りこくっていたアスランは、思わず口を開く。
「噂・・・?」
「あぁ、あれね。」
ディアッカも思い出したように、
PCを操作して画像の上にゴシップ記事を重ねた。
「あ、先ず、これは一部の話だからな。」
ディアッカはアスランに向かってそう前置くと、言葉を続けた。
「姫さんとカミュがお似合いだって、さ。」
無機質なディスプレイに表示されたのは、
微笑みあい手を取り合うカガリとカミュの姿だった。
それが明らかな合成写真であることが分かっていても、
それでも。
――胸をえぐられるような衝撃を受けたのは、
もう何度目であろう?
こんな噂、何度だって耳にしてきた。
その度に心が波立たないと言えば嘘になるが、
不安になるかと言えば、やはりそれも的確では無かった。
ただ、未来へ続く想いを確信しているから、
想いがぶれることが無くなった。
だから、噂を耳にしても、実際に目にしても、
いなすことが出来きていたのに。
――今まであったものと、
なんら変わらぬ
噂じゃないか・・・。
そう、分かっているのに何故胸がざわつくのだろう。
何が、余裕を奪うのだろう。
常にキラと寄り添いあうラクスと比較されて、
カガリは鋼鉄の女として揶揄されることがある。
男を寄せ付けず、
決して靡かない、
鋼鉄の心を持つ女。
それでも、この手の噂がカガリの周囲から消えることは無い。
それは、カガリへ向けられる男の視線の現れである。
火の無い所に煙は無いのと同じで
思いが無い所に話など無いのだ。
但し、その思いの所在が本人の胸の内であるのか、
他者の胸の内であるのかはわからないが。
――隣じゃなくていいと、
同じ夢を描いて、
共に生きていければそれいいと、
確かにそう思うのに。
自らの思いの矛盾に、アスランは奥歯を噛み締める。
どちらの思いも、真実である以上、
そのどちらかを否定することも、
切り捨てることも、
出来なかった。
そして、もしその時自分が同じ場所に居たとしても、
何をする権利も自分には無いのだと、
分かりきったことに気づかされる。
自分は、
彼女の恋人では無いのだから。
それを選んだのは、
自分たちなのだから。
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