5-15 思考回路



イザークはエスプレッソが半分減ったカップを揺らしながら、
アイスブルーの瞳を鋭く細めた。

「しかし、このタイミングが気にくわん。」

イザークの意図するものを噛み砕いて、
ディアッカは言葉にしていく。

「この時期に独立問題を議題にすることは2ヶ月前には予想はついてた。
けど、偶然この時期に、 ラクスが政界から一時遠ざかるなんてな。」

ディアッカの“偶然”という言葉が、シニカルに響く。
ラクスの一声によって、左を向いていた国民は右を向く、
そう言っても過言ではない程に、
ラクスの発言が及ぼすプラント国民への影響は絶大であった。
そして、議員は有権者の支持によってその立場が成り立つ故に国民によって監視されると性質から、
間接的にラクスの言葉に縛られていたとも言うことができる。
“ラクス・クラインに言葉を返せば、次期の選挙の当選は無い・・・”
議員の間でそう囁かれることもしばしばであった。
そのラクスが不在であれば、
仮にラクスが独立に反対の意向を示したとしても独立承認の可能性は拡大する。

「ラクスの影響力が弱まった間に、 承認を議決、 独立なんて運び、
偶然にしちゃ、出来すぎてるよな。」

そう言って、ディアッカはホールドアップした髪を掻きあげた。
イザークは一秒ごとに更新されていくメディアの速報を瞳に写しながら
無作為にトピックスをひとつ読み上げた。

「“ソフィアは独立の運命にあった”か・・・。
仕組まれていた、と言われた方が納得できる。」

そう言って、組んだ足を解くとふーっと溜息をついた。
ディアッカとイザークの間で交わされていく会話を聴覚で知覚しながらも、
アスランはひとり、思考の中にいた。
一つの物事に異常な程の集中力を発揮するのは、アスランの気質だ。
まるで、深海に体を沈めていくように思考に入っていく。

――本当に、偶然か・・・?

――ラクスを政界から引き離す方法を、俺は知っていた。

キラをラクスの傍に置くという、これまでの構図を壊せばいい。
ラクスをキラの傍に置く、これで政治的影響力は弱まる。
これまでの構図が、政界に身を置くことを決意したラクスをキラが支える、
ラクスを中心とした構図であったと仮定すれば、
ラクスの力はキラという翼に支えられながら 直に発揮されることになる。
しかし、ラクスがキラに寄り添う構図は
キラを中心としてラクスが手を伸ばしキラの傍に行くと仮定すると、
ラクスの力はキラに注がれ
結果的に政治的に作用する力は減少することになる。

――しかし、ラクスがキラの傍へ行かざるを得ない状況を
  人為的に作り出すことは可能か?

ラクスという精神的支柱を手にしたキラの力は、
それこそ果てが無いように アスランには感じられた。
キラであれば、ラクスの為ならば何処までも強くなろうとし、
それを実現できる強い思いをラクスと共にあたためるだろうから。
そのキラを、ラクスがいなければ立ち上がれ無い程に弱体化させることは
可能なのであろうか。

――そう、今のキラのように・・・。

――今の、キラ・・・?

――キラがこうなることが、仕組まれていた・・・?



アスランの脳裏にフラッシュバックしたのは、
メンデルの研究室――。
瞬く間に更新を繰り返していくPCの画面、
メンデルの事実の断片を掴まされた、
あの時――。

『うわあぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!』

今でも触れることが出来ると錯覚するほどに
アクチュアリティを伴って甦る
キラの叫び――。



と、アスランの思考を切断したのはディアッカの声だった。
はっと顔を上げたアスランに、
ディアッカは、“やれやれ”と顔に貼り付けたような表情で 溜息をついた。
対するアスランは、“悪かったな”と言わんばかりの表情で視線を外した。
その2人を気にも留めずにイザークは話を進めていく。

「だから、カミュ・ハルキアスの話だ。
貴様のことだ、当然聞いていたのだろう?」

イザークの心地よい程にあからさまな皮肉と上からの目線に、
アスランは気持ちを緩めつつ肩を竦めた。

「すまないが・・・。」

そこで言葉を砕いて無造作に撒くのは、やはりディアッカであった。

「独立自治区ソフィアの総代、カミュ・ハルキアス。
奴が総代になってからだって、
独立の動きが具体化したの。」

アスランは視線を伏せながら、

「あ、あぁ。」

と、断絶された思考回路から、提供された思考へと移行させつつも
その名にふと思い至ることがあった。

「不思議・・・な、方だと思った。」

アスランは思考がそのまま口に出たことに驚き、とっさに口元に手を置いた。
イザークはふっと目を細めて、
「軟弱な感想だな。」
と、一喝した。

一方でディアッカはアスランの気持ちに同意を示しながら続いた。

「なんか、ちゃんと姿が見えてんのに、ブレるっつーか。
背景が透けて見えるんじゃねーかって位、
薄いんだか、なんだか。
男なんだけど、女に見える時があるような。
掴めないっつーか。」

その人の人となりを瞬時に読み取っていくディアッカでさえ言葉に迷うことが、
イザークにアスランの発言した“不思議”というフレーズに 妙な実感を感じさせた。

「それに、」

そう言って、ディアッカはカミュの画像をPCの画面に表示させた。
続いた言葉に、アスランは絶句する。

「カミュ・ハルキアスは、
オーブの姫さんに似てるしな。」

――何だって・・・?
   カガリが・・・?

恐らくアスラン自身は無意識に握り締めた拳を見て、
ディアッカはニヤリとニヒルな笑みを浮かべた。  



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