5-12 秘書官の真実



画面越しのエレノワは毅然とした口調でラクスへ報告を行った。

「本日の下院議会の議題である、プラント独立時地区ソフィアの独立についてですが、
承認の方向でまとまりつつありました。
明日開かれる上院議会においても承認されると思われます。」

感情を排した言葉が淡々と並べられていく。

「その大きな要素となったのが、
第一に、旧世紀から重んじられてきた“民族自決”の国際基準に則り独立を阻害することは国際倫理に反すること、
第二に、プラントが独立を阻害するならば、ソフィアは武力行使も辞さない姿勢を依然崩していないことが挙げられました。」

と、エレノワは一度言葉を切りゆっくりと呼吸を整えると、
「ラクス様のお言葉に賛同される議員もおりましたが、」
そう前おいて続けた。

「残念ながら、ご意向とは反対の結果となりました。」

報告を終え、口元を引き締めたエレノワは何処か硬くそして厳しい眼光を宿していた。

「そうですか。」

常と変わらぬ微笑を口元に浮かべながらも瞼を薄く閉じたラクスの背後には、
色とりどりの花々が鮮やかに咲き乱れ
そよぐ風にラクスの胸元にあしらったレースとたっぷりとした桜色の髪がたなびいた。
それを直視しなければなないエレノワは拳を握り締めずには要られなかった。
震えそうになる拳をもう片方の掌で包み込み、
ラクスが瞳を閉じている間に、
悟られないよう気持ちを静めていく。

「つきましては、議事録と資料を送付させていただきましたのでご覧ください。」

「はい、ありがとうございます。」

「それから、明日の上院議会の次第と資料はご覧になったと思いますが、
クライン議長の代表者演説及び質疑応答の運びにそれぞれ変更がございまして・・・。」

そう言って電子資料を繰ろうとしたエレノワの手が、
ラクスの一言で止まった。

「明日の上院議会も、
本日同様欠席いたします。」

エレノワは電子資料に視線を落としたまま
表情を変えることも顔を上げることも出来なかった。
耳を疑ったが、続く言葉が自らの聴覚の正常性を明らかにしていった。

「キラの容態が思わしくありません。
本日も何度か意識を失う事態に陥り、
片時も予断を許されない状況です。
ですから明日も、
わたくしはキラのお傍におります。」

ラクスの凛とした声から、揺ぎ無い覚悟と
誰も揺るがすことの出来ない選択の決定を
エレノワは感じ取った。
しかし、ラクスの声がこの時程残酷に響いたことは、
恐らく無かったのであろう。
エレノワは思わず下唇を噛んで、
きつい眼差しをラクスに向けた。
それを受け止めながら、
ラクスは頬に睫の影を落としながら

「申し訳ございません。」

そう言って頭を垂れた。
間髪入れずにエレノワは声を荒げた。

「何故、私に謝るんですかっ!
相手が違いますっ!」

エレノワの言わんとする相手を理解した上で、
ラクスは言葉をつなげていく。

「はい、プラントの皆様にはきちんとご説明した後に
謝らなければなりません。
でも。」

ラクスは凛とした言葉の響きそのままに、射
抜くようにエレノワを見詰めた。

「それでも、わたくしはエレノワさんに
謝らなければなりません。
申し訳ございません。」

ラクスの瞳は限りなく澄み渡り、
不純物など何処にも見受けられず
だからこそエレノワはその瞳に映った自分が酷く醜く感じられ、
反射的に視線を外した。
何故、ラクスが自分に最高敬意を示しながら謝罪するのか、
決して言葉にされないその理由が
エレノワに痛みと苦しみをもたらした。

――私が、ミーア姉さんの、妹だから・・・。

その事実はを知らないラクスではないことをエレノワは良く分かった上で、
それでも自ら真実を告白せずにいた。
まだ、話す気持ちにはなれなかったのだ。
姉妹であるという事実と、
事実に自らの思いが重なった真実は、
異なるのだから。




エレノワの脳裏に甦るのは、最後の姉の姿。

『エレノワ、ごめんね、
もう会えないのっ。』

両手を繋いできた姉の手の熱さも、

『ミーア馬鹿だけど、』

高揚して上気した薔薇色の頬も、

『でもね、世界の平和のために、』

鈴が鳴るような独特の声も、

『みんなのために、役に立てるのっ!!』

少しだけ潤んだ瞳も。

『だから、ミーア、頑張ることにしたのっ!!』

全てが今でも、アクチュアリティを伴って再現前化される。
次に目にした姉の姿は美しく変わり果て、
眩しい程に煌いていた。
その眩しさが、あまりにも儚くて泣きたくなったのを
エレノワは鮮明に覚えている。
そして、その輝くような美しさも色彩も鮮やかさも、
全てが一瞬で消え去った。
まるで、花火のように。
夜空に映える花火の輝きの、
後に残される煙の跡は
瞳を凝らさなければ見えない。
見えたとしても、夜風が吹けば一瞬で消えてしまう。
花火は後に何も残さない。

――残して、くれない・・・。

でも、後に何も残してくれないなら、
自分が残ればいい。

ラクスの名を語り、プラント国民を欺いたとしてミーア・キャンベルは戦争犯罪者として糾弾された。
そればかりでなく、キャンベル家は離散しエレノワはもはやキャンベルの名を名乗ることは叶わなくなった。

――姉を亡くしても、
   父を亡くしても、
   母を亡くしても、
   名を亡くしても、
   自分が残ればいい。

『世界の平和のために、
みんなのために、役に立てるのっ!
だからミーア、頑張ることにしたのっ!!』

――自分が、ミーア姉さんの分まで
   頑張ればいい。

エレノワがプラントの官僚となり秘書官を志した理由。
それは、ミーアの意思を継ぐため。
それを、
エレノワの真実を、エレノワが語ることが無くても、
その時をラクスは待ち続けても、
それでもラクスはその澄んだ瞳で真実を見ていた。
あまりに聡明な、
彼女だから。

「申し訳ございません。」

そう言って頭を垂れるラクスは威厳に満ち、
エレノワの秘書官としてのプロ意識がミーアの妹しての感情を押し込め、
鎮圧していく。

秘書官としてみれば、理性的なその行為も、
妹としてみれば、暴力的でしかなく、
それでもラクスを敬愛する一個人としてみれば、

「どうかお顔をおあげください。」

そう言わずにはいられなかった。  



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