5-13 妹
――ミーア姉さんは小さい頃から、
自分のこと、
馬鹿だって言ってた。
――自分のこと、
ブスだって言ってた。
――親戚の叔母さんが言ってた言葉を、
今でも覚えてる。
“この子は、本当にコーディネーターなの?
器量も悪けりゃ、頭も悪いなんて。“
――幼心に思った、
“子どもの前で、そう言うあなたがコーディネーターなの?”
――悔しくて悔しくて、叔母さんの前に出て行こうとした私の手を握って、
ミーア姉さんは笑ってこう言ったのを、覚えてる。
『ミーア、馬鹿だからっ!』
チロリと小さな舌を出して、
コツンと自分と頭にゲンコツをつくって・・・。
――ミーア姉さんの姿が、あまりに愛らしくて
愛らしくて・・・。
その時泣いてしまったことを、覚えてる。
『どうしたのぉ?
エレノワ、なんで泣くのよぅ。』
――訳も分からずに、しゃくりあげて泣く私の背中を
ミーア姉さんは優しく撫でてくれた。
そして、一緒に泣いてくれたのを、覚えてる。
“あらあら、どうしたのっ!
エレノワちゃん、ミーアちゃんにいじめられたのねっ!!“
――そう言って、あの叔母さんは私だけを抱き上げて
私だけの涙を拭って
ミーア姉さんを睨みつけたっけ。
『ちがうっ!ちがうぅっ!!』
――ミーア姉さんは一生懸命首を振って
違う、違うって叫んだのに・・・。
姉さんは言葉を見つけられなくて・・・。
“エレノワちゃんが羨ましいからって、いじめるのは良くないわっ!“
――叔母さんは、勝手に事実を捏造して
ミーア姉さんに手を挙げた。
叔母さんの腕に抱かれながら、
私は、必死で叔母さんの手にしがみついたの・・・。
なのに・・・。
パシンっ。
――“エレノワちゃんは、器量も頭も良いのね”
そう言われるのが、嫌で嫌でたまらなかった。
その言葉は、裏を返せば
叔母さんが言った言葉と同じだから。
――訳も無く叩かれても、怒鳴られても、
どんなにそれが理不尽なことであっても、
ミーア姉さんはいつも花のような笑顔を咲かせてくれた。
――本当は、ミーア姉さんの方が、傷ついていたのに。
それでも見せてくれる笑顔に、
私はいつも救われていたの。
ミーア姉さんの笑顔が大好きだったの。
――ミーア姉さんは
世界で一番愛らしいって、
世界で一番優しい姉さんだって、
私は、覚えてる。
『惑わされないで下さい。』
――先の大戦中。
ラクス様がテレビに映った時、
思ったの。
ミーア姉さんは、死ぬんだって・・・。
――あの時程、ラクス様の声が残酷だと思ったことは無かった。
だって、あの言葉は
姉さんへの、死の宣告だったから。
――私は、惑わされてなんかいなかった。
――ミーア姉さんは、嘘をついていない。
――偽者じゃない。
――だって、世界の平和のために頑張るって、
そう言った姉さんの思いは、本物だから。
――ミーア姉さんの真実だから。
――真実、なのに・・・。
“この偽者っ!!よくも国民を欺いたなっ!!“
――ミーア姉さんが、ラクス様の偽者だからって
全てが偽者に摩り替えられた。
ミーア姉さんの思いも、偽りだと。
今でも鮮明に思い起こすことができる、
泣きじゃくりながら懸命に首を振る姉の姿。
『ちがうっ!ちがうぅっ!!』
あの時、どうすれば叔母から姉を守れたのであろうと、
エレノワはふと自分に問い直すことがあった。
そして気づいたのだ、いつも自分を守ってくれていたのは
愛らしい笑顔を持つ姉であったのだと。
――それに気づかなかった私の、何処が頭が良いって言うの?
守りたいって、
そう思った時には
失っていた、
私の方が、馬鹿だよ・・・。
――テレビの前で蹲った私は、何も出来なかった。
ミーア姉さんが死ぬんだって、
きっと殺されるって、
分かってたのにっ・・・。
分かってたのに・・・・・・。
――ごめんね、ミーア姉さん。
ありがとうって、もう言えないね。
でもね、
今度は私が頑張るから。
ミーア姉さんの分まで、頑張るから。
ミーア姉さんの夢を、
私が叶えるよ。
『世界の平和のために、
みんなのために、
役に立てるのっ!
だからミーア、
頑張ることにしたのっ!!』
画面越しのクライン議長を目の前にして
エレノワはゆっくりと呼吸を整えると
常と変わらぬテキパキとした口調で明日の上院議会の工程の確認を行っていった。
「では、本日の下院議会と同様にラクス様には回線を通して演説のみ行っていただきます。」
と、言っても、本日の演説で流されたのは事前に収録した演説であり
当初予定されていたクライン邸と下院が繋がれることは叶わなかった。
キラを最優先にした、
ラクスの決断だった。
それを受け止める、エレノワの心が穏やかであったはずが無かった。
「はい、明日は演説だけではなくきちんと対話を行うつもりですわ。」
そう言ったラクスは威厳に満ち、
何処か信じずにはいられない言葉では無い説得力がある。
エレノワは事務連絡を簡潔明瞭に済ませると回線を切断し、
宇宙を仰いだ。
← Back Next →