5-10 アスランの責任



4年前の戦争において、
肉親である父と分かり合うことは叶わず
目の前の父を止めることも
救うことも出来なかった。

そして2年前の戦争が起きるまで
ザラの名を持つ者としての責任を果たさなかったのは、
己であり、
その間着実に拡大していったナチュラルへの憎悪と
一人歩きしだしたパトリックの思想を
止めることが出来なかったのも、
己だ。

その結果として 母の眠るユニウスセブンは崩落し
多くのナチュラルの命を奪い
コーディネーターの魂が散っていった。

その時叫ばれたのは、
紛れも無く、父パトリックの名だった。

アスランの正義は許すことが出来なかった。
一人歩きした父の思想も、
それを利用する存在も、
何もしなかった自分自身も。
止めることが出来なかったのは、
アスランが沈黙を選んだからだ。
空白の2年間を作り出したのは、
他でも無い己なのだから。

――沈黙の責任と、 沈黙の罪悪の償いを 果たしたい。
      その思いは今も、変わらない。

2年前――。
再び傾きだした戦争への潮流、
無力に打ちひしがれるカガリの涙を拭うことしかできない自分への憤りと焦り、
パトリックの思想を崇拝する組織の存在、
アスランのザフトへの復隊の要因は複雑に絡み合った現実だった。
思いがあって、
力を手にして。
それでもアスランの声は届かず、
現実は動かせず、
大切なものが掌から零れ落ちていくことを
止めることは出来なかった。
そして、急進的に広がる父パトリックの思想を止めることも、
父の名を振りかざし思想を利用した組織の動きを 潰すこと出来なかった。

――俺は、プラントに戻っても、
  責任と償いを果たせなかった・・・。




アスランの花束を持つ手は硬く握られ
微かに震えていた。
アスランが腕に抱えた花束を置く隙間も無い程に
パトリックとレノアの墓前には真新しい花束やリースの数々が放つ
鮮やかな色彩で埋め尽くされていた。
周囲にあった筈の著名な高官の墓標はいつの間にか消え去り、
2人の墓標は記念碑か何かのように 周囲に荘厳な装飾が施されていた。

パトリックの影響は今も直プラントの政界や財界、市井において根強く息づいており、
国粋主義者や優勢遺伝子説を信奉する者などが多く関与する急進派派閥は
パトリックと愛国主義をその名に示すPatriottoを組織している。
過去と地続きの現実としての今が、
それがアスランの眼前に広がっていた。

瞳を刺すように迫る花の色彩よって胸の内に突き刺さった楔が疼き
無意識に胸に当てた掌が
呼吸と鼓動を手繰り寄せる。

瞳を閉じ、 感覚が鋭敏となった掌で触れるように感じ取るのは、
深い呼吸と胸を打つ鼓動・・・。

アスランと墓標の間を風が駆け抜け
花びらが香と共に空へ舞い上がったその時、
アスランの耳を掠めていったのは、
声。
花を手向けた人々の、
声。
パトリックへ向けられた、
声。
パトリックを通り越してぶつけられた、
声。
溢れんばかりの花々が放つ香がメルトポットのように溶けあい、 渦巻き、
 人々の思いとして意思を持つかのように息づいていた。

ゆっくりと瞼を開き、 聡明な翡翠色の瞳で見詰める視線は何処までも誠実だった。
例え眼前に広がるものが、 アスランの責任の表れであっても。
過去の。
現在の。
かけがえのない家族への。
奪い亡くした無数の命への。
今を生きる人々への。
自分自身への。

アスランは口元を引き締めたまま、
幸せの花と夢の蕾を束ねた花束を手向けた。
そのゆったりとした手つきは至極優しかった。

「・・・お久しぶりです・・・。」

そう言ったアスランの表情は微かに歪み
硬質さを帯びた声は掠れ
夕闇を呼ぶ風に流されていく。

アスランはそれ以上何も言うことが出来なかった。
それでも、 アスランは顔を上げ
前を向く。
今が、アスランの答えであり
その姿こそが何よりも多くを物語っていた。   



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