4-8 待ち時間
ドクター・シェフェル主導のもと、キラとメイリンの精密検査が実施された。
コールマンの死は軍医たちに大きな衝撃をもたした。
コールマンは精神病理学も専門としていたことや、
何よりその経験の豊かさで高く評価されていたのである。
確かな技術と豊かな経験に裏打ちされたコールマンの軍医としての腕に尊敬の念を抱くものも少なくなく、
事実多くの軍医をプラントに輩出してきた経歴がある。
しかし一方で神経質で生真面目すぎる気質があり、そ
れが今回の事故に繋がったのだと、誰もがそう考えていた。
『優秀なドクター・コールマンでも治せない病があった。
それは、過度の自責であった。』
2人の犠牲者を出した自損事故に対して、
予防的措置が不十分であったこと、
結果として2人の命を失ったこと、
2人の精神障がいを発症させたこと、
そのことへの自責の念に打ち勝てなかったのだと。
それが自明のことであると認識されていたため、
誰もそれ以上を詮索しなかった。
触れることを躊躇わせる、
真実は畏怖に似た感覚に包まれていた。
ドクター・シェフェルはデスクの上に肘をつき両手で頭を包み込むように項垂れた。
無造作に置かれた電子カルテの隙間から除く古風な革製のファイルに挟まれていたのは
本日付の辞令書であった。
“ジュール隊への転属を命ずる”
ドクターは頭を抱えていた諸手でぐしゃぐしゃと頭を掻きむしり、
宇宙を仰ぐようにデスクチェアーの背もたれに寄りかかった。
――ドクター・コールマン、答えてください。
私などが、彼等を救えるのでしょうか・・・?
医師として、私は何ができるのでしょうか・・・?
「御労しい・・・。」
検査を終えたキラの車椅子を押しながら、看護婦は溜息をついた。
この数日という短期間では考えられない程、
キラの身体は痩せ細り、頬はこけ、
弛緩しきった身体は車椅子に沈みこんでいた。
――これが、ラクス様のご婚約者の姿だなんて。
軍人とは思えぬ穏やかな微笑みを絶えず浮かべているキラの甘いマスクは、
プラントの女性たちを虜にしていた。
――本当に、癒し系よね・・・。
メディアを通して見知っていたキラの映像を思い浮かべては、
看護婦は俄かに頬を染め妄想の世界へトリップする。
――そのお隣にいらっしゃるのが、ラクス様っていうのが、
また素敵なのよね〜!!
微笑みあう2人の姿は、
2度の戦争で疲弊しきったプラントの人々の心を穏やかに潤していった。
常に付きまとう戦争という恐怖は、
「ひとを愛する」という当たり前の行為を忘却させた。
そのプラントにおいて、
2人の寄り添う姿が
人々にもう一度愛することの尊さを声高に示していった。
その姿を通した呼びかけに呼応するように
戦争から開放された若い世代は、
2人に羨望の眼差しを向けていた。
キラとラクスの婚約発表を境として結婚率が急上昇したことは、
その影響の現われであった。
キラの車椅子を押しながら、看護婦は意を決する。
――ラクス様のためにも、
キラ様のためにも、
プラントの女子のためにも!!
キラ様に早くお元気になっていただかないと!!
と、目的の病室の扉を開けた。
「失礼しまーすっ・・・て、あれ??
ドクター、いらっしゃいませんかぁ〜??」
ガランとした病室からは返事一つ返ってこない。
看護婦はちょこんと首をかしげると、キラの前に回り姿勢を低くして呼びかけた。
「キラ様、こちらで少々お待ちくださいね。
今、ドクターをお連れいたしますから。」
看護婦はニコリと笑顔を浮かべると、駆け足で病室を出て行った。
キラはその呼びかけにも笑顔にも応える事無く、
果ての無い闇の色を表したような紫黒の瞳は、
何も映し出すことは無く、
車椅子に全てを預けたような姿勢のキラには何の意志も感じられ無い。
目を刺すような白さが迫る病室に、溶
けて消えてしまいそうな程、
キラの姿は儚かった。
キィ・・・
無人であるはずの病室に響く、
金属が擦れるような音。
次いで聞こえてきたのは、
モーターのような機械音。
その音源の先には、
同じように瞳から眼光を失ったメイリンがいた。
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