4-7 真実と責任



ラクスは凛とした眼差しを馳せ、
春風のように軽やかな声に重厚さが加わった。

「メンデルで行われたことは、
自由への軌跡ではありません。
搾取と抑圧の上に、
自由など無いからです。」

ラクスの言葉を受け止めながらも、
ディアッカはソファーに背を預けて宇宙を見上げるように仰いだ。

「だけどさぁ。
これ知ったら、飛びつきたくなるのが普通じゃねぇの?
誰だって興味あるだろ?
いつだって、高みを見たがる。」

スーパーコーディネーターの存在を、欲する。
ディアッカの言葉を引き受けたイザークは

「それに、実在するんだからな。
そいつは。」

鋭い眼光そのままにラクスを見据える。
キラ・ヤマトの存在をどうするのか、と。
ラクスは祈るように組んだ両方の手を見つめ、
それからゆっくりと口を開いた。

「命は、
全て、
等しく尊いものです。
それは、
人種も、
性別も、
年齢も、
あらゆる事由無く言える真理です。
例え、スーパーコーディネーターであっても。」

ラクスはたゆみなく
、しかしひとつひとつの言葉を大切に抱きしめるように紡いでいく。

「ですから、わたくしはキラの命を、
尊く思います。」

その瞳に覚悟の威光を燈しながら、

「生まれてきた奇跡と、
今生きているという喜びと、
これからも共にあるという願いを。」

ラクスの真実を呼びかけていく。
己の言葉で語られるありのままの思いは、
目に見えずとも触れることも、測定することも出来なくとも
確かさを持って他者の心に触れる。
それもまた、真実である。

しかし。

「言葉は悪いかもしれねぇけどさ。」
と、ディアッカは前置きして冷静にたんたんと指摘する。
まるで何かを確認していくように。
「それはラクスの真実だろ?
だけど、これは個人の問題であると同時に
コーディネーターの問題でもあるんだぜ。」

ディアッカの言葉の内には2つの思いと認識がそのままにのせられていた。
キラに対する、共に戦場を駆けた仲間としての友情という私的な思いと、
自己に対する、問題の責任と解決の当事者でるという認識だ。
ずっと口を閉ざしていたアスランが、
静かに言葉を紡ぐ。

「世界の問題だ。
地球の人たちが知ったら・・・。
例えキラという個人は許されたとしても、
スーパーコーディネーターという存在は、許されないかもしれない。
それを生んだ、俺たちも。」

地球に降り、ナチュラルとの共生を実現してきたアスランだからこそ、
その言葉には重みが付与される。
共に生きる中で、コーディネーターへの迫害を目にし、時に被り、
人種という障壁を肌で感じてきた。
そして同時に、哀しみが薫る。
人種の壁を越えた人間としての触れ合いの尊さを、
知っているから。
それを教えてくれた大切なひとたちが、
いまもそこに生きているから。

さらにイザークがアスランの言葉を拡張させていく。

「プラント内部においても、拒絶する者が出るだろう。」

それは、メンデルの自損事故で犠牲になった者たちが無言の訴えを示している。
その事実を受け止めた結果、尊厳の保持の名の下に命を絶った彼等。
そして、メイリンはその事実を受け止めることさえ出来ずに
今も直闇の中から脱せずにいる。

「ですが、」
ラクスは決して闇に染色されない、
強い清らかさを保ちながら真実を呼びかけていく。

「それを受け止め、
生きることを望むこともできますわ。」

ここにいる者たちが、そうであるように。

ラクスの真実を、
自らの真実として引き継ぐようにアスランは頷く。

「俺は、知ってしまったから。
それでも、クォンさんたちのように死を選ぶことも、
キラたちのように自分の存在を否定することも、
しなかった。」

ゆっくりと、胸の内の思いを慎重に言葉に変換していく。
不器用な程誠実に、
常に思考し続け、
他者の声を受け容れ、
何度も自己に問い直すことで形成される、
アスランの真実。

「俺は、生きることを選んだ。
だから果たそうと思う、
コーディネーターとしての責任を。」

ディアッカとイザークは一瞬視線を合わせると、
思考を含んだ笑みを浮かべた。

「で、その責任ってやつをどうやって果たす?
それを話にきたんだろ?」

ディアッカは敢えて常と変わらぬ飄々とした軽さで話を展開させる。

「ラクス・クラインの語る真実が、
万人に真実として受け止められる確証は無い。
貴様の言う責任においても同じだ。
むしろ、事が事だからな。
その逆になる蓋然性の方が高いとみていいだろう。」

と、イザークは言葉を切りふーっと長い溜息をついてからラクスを見据えた。

「クライン議長。
メンデルの事故を受けてオーブと合同の調査隊は解散させますが、
メンデルの調査に関しましてはこのまま、特務隊で引き受けたいと考えます。」

イザークとディアッカの言動に、ラクスは心強さを感じ目を細める。
ザフトの誇りとは、美しいものであると。

「本来であれば、」
と前置いて、ラクスは自らの考えを述べる。
「生命としてのコーディネーターの問題である以上、
すべての方たちと共に話し合い、
解決に取り組むべき問題です。
しかし、それを見知っただけで命を落とす方も出た以上、
公に推し進めることは出来ません。
従って、特務隊にお願いしたいと思います。」
イザークは了承の意を示すと、それにディアッカが続いた。
「で、正面からメンデルの再調査には踏み切れない。
特務隊の表向きの任務はピアニッシモの拠出調査ってことにして、
そっちからメンデルとその周辺の動きを探るって感じでいいか?」
もともとメンデル調査隊以外の面々が進めていた
ピアニッシモに関する追跡調査を任務の中心にすえる具体策に、ラクスは頷く。
「はい、よろしくお願いいたします。
それから・・・。」

ラクスはアスランに向き直り、
出された提案にイザークとディアッカは絶句する。
そして確信を抱く、
この女には逆らいがたい何かがあるのではなく、
誰も逆らえないのではないか、と。

「アスランはこのままプラントにお残りになり、
メンデルで発生いたしました事故についての調査協力の義務を、
調査隊全員分、
負っていただきますわ。」

――全員分って、10人分かよっ!!

ディアッカは心の突っ込みを込めてアスランを見遣った。

「はい。」

アスランの即答っぷりに、ディアッカは思わず額に手を当て首を振る。

――クソ真面目過ぎるだろ〜。

と、さらなる無言の突っ込みを入れつつも、
続くアスランの言葉を予測し肩を竦めた。
おそらく、アスランは・・・。

「その代わり、」
と、ラクスの提案に条件を付加させる。
「オーブからの技術協力者の一日も早い帰国の手続き、
及び他の調査隊の通常任務復帰を約束していただきたい。」

――だろうなぁ。

やれやれ、
と、ディアッカは戦友の馬鹿が付く程の誠実さに苦笑を浮かべた。




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